1-20:ミゾレの過去
「私の母国は、この王国から海を越えた先にある島国、『大和帝国』でございます」
「大和帝国?」
「はい。その島国にある、とある小さな村の生まれです」
その名前を聞いた瞬間、私は思わず心の中で叫んだ。
――日本じゃん!
もちろんそのまま日本というわけではないだろう。
けれど、『大和』という名前からしてどう考えてもそれっぽい。
転生者としては気になる単語だった。
ミゾレは言葉を続けた。
「そして、私は……生まれつき強い魔力を持っておりました」
「強い魔力?」
「はい。それも少々異常なほどに」
その声は静かだった。
けれど、どこか感情を押し殺しているようにも聞こえた。
「それが原因で、幼い頃から私は両親や村人達からは、あまり良い扱いを受けませんでした」
「……」
「こいつは気味が悪い。化け物だ。不吉な存在だと言われ続け、虐げ蔑まれていました。」
私は思わず眉をひそめる。
そんな言葉を幼い子供に向けるなんて。
「ですが、それだけならまだ良かったのです」
ミゾレは淡々と続ける。
「幼い頃から強かった魔力は成長と共に膨れ上がり、それに伴い周囲の人間達は私の事を異形、もしくは畏怖の目で見るようになりました」
化け物を見る目。
得体の知れない何かを見る目。
そして――
「私が六歳になった頃です」
ミゾレの瞳がわずかに伏せられる。
「村人達は『魔女狩り』を始めました」
ぞくりとした。
「魔女狩り……」
「はい。私を殺すための名目でございます」
あまりにも軽い口調だった。
まるで他人事のように。
だからこそ胸が痛む。
「その日、私は村の広場へ連れて行かれ、逃げられないように拘束されました。」
酷い……あまりにも酷すぎる。
そう思うと目頭が熱くなっていた。
「そして、私は大勢の大人達に囲まれ、化け物を処分するような目で見られ、中には石などを投げてくる人達もいました」
「そんな……」
今にも泣き出しそうな私の顔を見て、ミゾレは優しく微笑んでくれた。
「その時、私はこのまま殺されて死ぬんだなと自身の命を、生きる事を諦めていました。しかし、私の処刑が始まろうとした時――」
そこでミゾレは小さく息を吐いた。
「奇跡的に私は助けていただいたのです」
「えっ……!」
「お嬢様の兄君。ガヴェイン様に」
私は思わず目を見開く。
「お兄様が?」
「はい」
ミゾレは頷いた。
「偶然、その地域を巡回していたガヴェイン様率いる部隊が村の異変に気付き、介入してくださいました」
ガヴェインは幼い少女を囲む大人達を止め、何をしているのかと問いただした。
そして、事情を知ったガヴェインは村人達に激怒し、そのままミゾレを保護したのだという。
「その後、私はルミナリア王国へ連れて来られました」
「そっか……」
「ですが、その頃の私は、もうすでに壊れておりました」
静かな声だった。
「壊れてた?」
「はい」
ミゾレは少しだけ苦笑する。
「何をされても、何も感じなくなっていたのです」
笑わない。
泣かない。
怒らない。
喜ばない。
「当時の私は、まるで魂が抜けたような……本当に死んだような顔をしていたそうです」
上手く話すことも出来なかった。
呼び掛けられても反応しない。
ただ生きているだけの人形。
「そんな生きているのか、死んでいるのか、わからないような日々を送っていたある日、私の前に現れたのが――」
そこでミゾレは私を見た。
「お嬢様でございました」
「私?」
「はい」
私は首を傾げる。
正直まったく想像がつかない。
するとミゾレが少しだけ柔らかい笑みを浮かべた。
「初めて出会った時、お嬢様は私に名前を聞いてきました」
――あなた、お名前は?
幼い声が聞こえてくるようだった。
「私は答えました」
ミゾレは静かに告げる。
「『廻奘 零』と」
聞き慣れない響き。
けれど確かに日本風の名前だった。
てか、ミゾレの本名って『廻奘 零』っていうんだ。
かっ……かっこいい。
そして、とても日本人っぽい。
「ですが」
ミゾレの口元が少し緩む。
「幼かったお嬢様は、私の名前を上手く言うことができませんでした」
――みじょうれい……
幼いリアが一生懸命に名前を呼ぼうとする。
――みじょ……れい……
そして。
――あっ! 『みぞれ』!
――あなた、みぞれって名前なのね!
「こうして、今の私の名前は『ミゾレ』になったのでございます」
ミゾレはどこか嬉しそうに言った。
私は両手で顔を覆った。
うぉぉぉぉ! 小さい頃のリア、めっちゃ可愛すぎないか!
ヤバい……尊死しそうだ。
「それから毎日でした」
彼女は懐かしそうに目を細める。
「お嬢様は毎日、私の部屋へ遊びに来られました」
一緒に絵本を読んだ。
一緒に部屋で遊んだ。
一緒にご飯を食べた。
一緒に庭を散歩した。
一緒に他愛もない話をした。
「ですが、最初の私はほとんど反応できませんでした」
それでも、幼いリアは気にしなかった。
翌日も来た。
その次の日も来た。
また次の日も。
「気付けば」
ミゾレは静かに微笑む。
「いつしか私は笑うことを思い出し、お嬢様と一緒に笑って過ごす日々を送るようになっており、そして私は生まれて初めて、生きていることが嬉しい、楽しい事だと思うようになりました」
その言葉はとても静かだった。
「だから私は決めたのです」
ミゾレの瞳に強い光が宿る。
「私を救ってくださったこの王国に恩返しをしたいと」
ミゾレはそう言ってから、ふっと表情を和らげた。
そのまま私を見つめる。
「ですが、それ以上に強く思ったことがございます」
「え?」
「私を人間に戻してくださったお嬢様に、一生をかけて尽くしたい、お側にいたいと」
胸の奥が、少しだけ熱くなる。
きっと幼い頃のリアは自分の思ったこと、したいことを無邪気にしていただけなんだと思う。
けれど、ミゾレにとっては違ったのだろう。
「そこで私は陛下にお願いしました。もっと強くなりたい、もっと役に立ちたい。そしていつか、お嬢様のお力になれる存在になりたい……と」
私は言葉を失った。
その願いの中には、自分のための言葉が一つもなかったからだ。
どれほどの想いを胸に、この人は努力を続けてきたのだろうか。
「そして、その願いを聞き届けてくださった陛下は、私をディアイン様のもとへ預けてくださいました。そこで私は、メイドとしての作法や知識、そして魔法の扱い方を学びました」
「えっ。じゃミゾレを立派なメイドにしたのはディアイン……って事?」
「はい。その通りでございます」
「ディアイン、めっちゃ凄い人じゃん!」
驚いた私の反応を見て少し微笑み、話を続けた。
「ディアイン様はとてもお優しい方でした。失敗しても頭ごなしに叱ることはなく、何がいけなかったのかを丁寧に教えてくださる。上手くできた時は、自分のことのように喜んでくださる。そんな方でした」
ディアイン……あなた、もう完全に聖母だよ……。
心の中で私はそう思ったのだった。
「もちろん、決して平坦な道ではございませんでした。失敗も致しましたし、自分の力不足を痛感することもございました。ですが、その度に思い出していたのです」
ミゾレは優しく微笑む。
「お嬢様がくださった幸せな時間を。お嬢様が私に与えてくださった温もりを。あの日々があったからこそ、私はいつでも前を向くことが出来たのです。そして五年前――」
ミゾレは微笑みながら、私の顔を見た。
「ようやく私は、お嬢様の専属メイドになることができたのでございます」
誇らしげに。
そして幸せそうに。
そう語るミゾレの表情は、どんな宝石よりも綺麗に見えた。
その笑顔を見ているうちに――
なぜだろう。
胸の奥が、少しだけ締め付けられるような感覚を覚えた。
「……」
私は思わず視線を落とす。
ほんの一瞬だけ。
本当に一瞬だけ、寂しさにも似た感情が胸をよぎった。
「お嬢様?」
ミゾレの声に顔を上げる。
「どうかなさいましたか?」
心配そうに私の顔を見つめるミゾレ。
その視線に気付いて、私は慌てて笑顔を作った。
「えっ? あ……ううん。なんでもないよ」
「そう、でございますか?」
「うんうん!」
私は少し大袈裟なくらい明るく頷く。
そして誤魔化すように視線を横へ向けた。
ベッドの傍に置かれた小さな時計が目に入る。
「……あ」
思ったより遅い時間だった。
「もうこんな時間なんだ」
「本日は色々ございましたから」
「だね」
私は苦笑した。
本当に色々ありすぎた一日だった。
一日とは思えないほど濃密だ。
「じゃあ、そろそろ寝ようかな」
「かしこまりました」
ミゾレは静かに一礼した。
そして部屋の灯りを少し落とし、退出しようと扉へ向かう。
その背中を見て――
「あ、ミゾレ」
私は呼び止めた。
ミゾレが振り返る。
「はい」
「今日はその……ありがとう」
自然とそんな言葉が出た。
「色々教えてくれて。昔の話も聞かせてくれて」
少しだけ照れながら笑う。
「聞けて本当に良かった」
ミゾレは一瞬だけ目を見開いた。
そして、とても柔らかく微笑んだ。
「そのように仰っていただけるだけで、十分でございます。ありがとうございます、お嬢様」
そう言って胸に手を当てる。
「それでは、おやすみなさいませ」
「うん。おやすみ」
扉が閉まる。
部屋の中に静寂が訪いた。
◇◇◇
私はベッドに潜り込み、天井を見上げた。
「……」
眠気はある。
けれど、すぐには眠れそうになかった。
頭の中では、さっきの話が何度も繰り返されている。
ミゾレはリアが王女だから慕っているわけじゃない。
権力があるからでもない。
王族だからでもない。
ミゾレが慕っているのは――『リア』という人間そのものだ。
「はぁ……」
胸が痛かった。
嬉しいはずなのに。
どうしてだろう。
少しだけ苦しい。
だって、今ここにいる私は――。
「リアじゃない」
小さく呟く。
私は『アリサ』だ。
前世でアイドルをしていた、ごく普通の女の子。
気付けばリアの身体の中にいて、今はリアとして生きている。
けれど、私は『リア』本人ではない。
「もしミゾレが知ったら……」
どう思うだろう。
今まで慕い続けてきた相手が別人になったと知ったら。
失望するだろうか。
悲しむだろうか。
それとも――。
「……」
私は寝返りを打つ。
正直、打ち明けるべきなのか分からない。
この秘密を知っているのは自分だけだ。
誰にも話していない。
話したところで信じてもらえる保証もない。
突然、
『実は私は転生者で、本当のリアじゃありません』
なんて言われて信じられる人がいるだろうか。
いや、普通なら信じない。
仮に信じてもらえたとしても、みんなを混乱させるかもしれない。
傷付けてしまうかもしれない。
今まで築いてきた関係まで壊してしまう可能性だってある。
「……難しいなぁ」
ぽつりと呟く。
しばらく考える。
考えて。
考えて。
それでも答えは出なかった。
けれど。
「いつかは……ちゃんと話そう」
それだけは決めた。
隠したまま生き続けるのは嫌だった。
みんなを騙したままでいたくない。
だからいつか。
ちゃんと向き合える日が来たら。
自分の口で伝えよう。
ただ、それは今じゃない。
今はまだ、その時ではない。
そう結論を出すと、少しだけ肩の力が抜けた。
窓の外では夜風が静かに木々を揺らしている。
遠くで虫の鳴き声が聞こえた。
穏やかな夜だった。
「おやすみ……」
誰に向けるでもなく呟く。
まぶたがゆっくりと閉じていく。
今日の思い出ともいえる、ハローベティのぬいぐるみを抱きながら。
そして私は、そのまま静かな眠りへと落ちていった。




