1-17:会食
ハローベティを抱えながら廊下を歩いていると――
ふわり。
ミゾレの目の前に小さな光の板が現れた。
「ん?」
私が首を傾げる。
ミゾレは視線を落とし、表示された内容に目を通した。
そして少しだけ目を見開く。
「どうしたの?」
「ディアイン様から連絡でございます」
「なにかあったの?」
「本日の夕食ですが――」
ミゾレは一度言葉を区切った。
「陛下とご一緒に召し上がることになったそうです」
「…………」
一瞬、思考が停止した。
「陛下って……お父さんと?」
「はい」
「今日?」
「本日でございます」
「今から?」
「今からでございます」
「マジですか…………」
私は静かに天井を見上げた。
ヤバい……めっちゃ緊張してきた。
◇◇◇
王宮三階。
王族専用区画。
その一角にある食堂の前で私は立ち尽くしていた。
「大丈夫ですよ」
ミゾレが優しく声を掛ける。
「陛下は、お嬢様を叱るためにお呼びしたわけではございません」
「それは分かるんだけど……」
分かるんだけど緊張するものは緊張する。
相手は国王だ。
しかも父親。
距離感が難しい。
「失礼いたします」
ミゾレが扉を開く。
すると――
「うわぁ……」
思わず声が漏れた。
長いテーブルの上には豪華な料理がずらりと並んでいた。
香ばしく焼かれた肉料理。
色鮮やかな野菜。
魚料理。
温かなスープ。
他にも見たこともない高級そうな料理の数々。
もはやホテルの晩餐会である。
いや、多分それ以上だ。
そしてテーブルの奥には――
「来たか」
穏やかな声。
既に父――国王が席についていた。
その隣にはディアインが控えている。
「お嬢様、お待ちしておりましたよぉ」
ディアインが柔らかく微笑んだ。
「さぁ、どうぞこちらへ」
示された席は王のすぐ隣だった。
「えっ、隣!?」
「もちろんだ」
国王は不思議そうな顔をする。
「娘を遠くへ座らせる父親がどこにいる」
「うっ」
なんか反論できない。
私は恐る恐る席に腰掛けた。
◇◇◇
緊張する。
めちゃくちゃ緊張する。
姿勢これで合ってる?
マナー大丈夫?
変なこと言わないかな?
そんなことを考えていると――
「そんなに肩に力を入れなくていい」
国王……いや、父が苦笑した。
「今日は家族の食事だ」
「家族の……」
「王としてではなく、父として娘と話したかっただけだからな」
その言葉は不思議なくらい優しかった。
「だから、マナーとかも全然気にしなくていいんだよ」
「ほんと?」
「ああ」
父は頷く。
「むしろ緊張しているお前を見る方が珍しい」
「そ、そうなんだ……」
「前はもっと堂々としていたんだぞ」
その言葉を聞いて私は少しだけ笑い、気付けば肩の力が抜けて、いつの間にか敬語で話す事を忘れていた。
◇◇◇
食事が始まる。
父はナイフを置きながら言った。
「ディアインから聞いた」
「え?」
「今日は地下施設を一緒に回ったそうだな」
「はいぃ」
ディアインが嬉しそうに頷く。
「久方ぶりでございましたのでぇ」
「そうか」
父の表情もどこか柔らかい。
「どうだった?」
「すごく楽しかった!」
自然と言葉が出た。
「研究室とか訓練場とか図書館とか、全部すごかった!」
「ほう」
「あと地下に行く前は庭園に行って、お茶をしたり――」
そこからは止まらなかった。
王宮内の部屋がどこも凄くて驚いたこと。
万華花園をとても気に入ったこと。
王宮の地下が想像以上だったこと。
図書館の本の量に驚いたこと。
研究室で興奮したこと。
治癒師達が優しかったこと。
今日一日の出来事を次々と話していく。
父もディアインも楽しそうに耳を傾けてくれた。
時々質問してくれる。
時々笑ってくれる。
気付けば私も夢中になっていた。
◇◇◇
「それで最後に、また訓練場へ行ったんだ!」
その言葉に父の手が止まった。
「訓練場?」
「はい」
ミゾレが静かに頷く。
「お嬢様のご希望でございます」
父とディアインが顔を見合わせた。
そして。
「……魔法を?」
父が静かに尋ねた。
「うん」
「使ったのか?」
「使ったよ!」
私は得意げに胸を張り、生成したハローベティのぬいぐるみを見せた。
「しかも成功した!」
その瞬間。
「なっ――」
「まぁ……!」
二人同時に目を見開いた。
「それは……本当かね?」
「はい」
ミゾレも補足する。
「非常に見事な発動でございました」
「……そうか」
父はしばらく言葉を失っていた。
ディアインも驚いたまま口元を押さえている。
やがて父は静かに笑った。
「良かったな」
「え?」
「本当に良かった」
その声は心から安堵しているように聞こえた。
ディアインも目を細める。
「ええ、本当に……お嬢様がそのようなお顔で魔法のお話をされる日が来るとは思いませんでしたぁ」
二人とも嬉しそうだった。
ミゾレと同じで、二人ともリアが魔法で悩み続けていたことを知っている。
だからこそ、私が自身の魔法を使った事で喜んでいる様子が嬉しかったのだろう。
だから私は本心で二人に向かって、こう言った。
「魔法使うの楽しかった! すごく楽しかったよ!」
すると父もディアインも、どこか安心したように微笑んだ。
◇◇◇
食事はあっという間だった。
気付けば最初の緊張など綺麗さっぱり消えていた。
王と話している感覚ではない。
普通に父親と話している感覚だった。
前世では経験したことのない、不思議で温かい時間。
そして――
「さて」
食後のお茶を飲み終えた父が立ち上がる。
「私はそろそろ戻るとしよう」
「お仕事?」
「少しだけな」
父は苦笑した。
やっぱり国王は忙しいらしい。
そして私の頭をぽんと優しく撫でる。
「今日は楽しかった」
「え?」
「久しぶりにお前とゆっくり話せたからな」
その笑顔は国王ではなく、一人の父親のものだった。
「また一緒に食事をしよう」
「……うん!」
自然と返事が出た。
父は満足そうに頷く。
「おやすみ、リア」
「おやすみなさい、お父さん」
その言葉を聞いた父は少しだけ嬉しそうに目を細めると、そのまま王室へと戻っていった。
◇◇◇
静かになった食堂。
ディアインが微笑む。
「陛下も大変喜ばれておりましたよぉ」
「そうかな?」
「ええ」
ミゾレも頷いた。
「本日の陛下は終始ご機嫌でございました」
「そうだったんだ」
なんだか少し嬉しい。
「それではお嬢様」
ミゾレが一礼する。
「お部屋へ戻りましょう」
「うん」
私は立ち上がった。
今日はいろいろあった。
王宮探検。
地下施設。
初めての魔法。
そして国王……父との夕食。
どれも楽しかった。
そんなことを考えながら、私はミゾレ達と共に自室への帰路につくのだった。




