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1-16:初魔法

 地下一階へ戻ると、ディアインがふと足を止めた。


「さてぇ、私はここで失礼いたしますねぇ」


「え?」


 私が首を傾げると、ディアインは穏やかに微笑んだ。


「今から夕食の準備がございますので」


「あっ、メイド長だもんね」


「はい」


 ディアインは頷いた。


 そして少しだけ目を細める。


「ですが、本日は本当に楽しい時間でございました」


「楽しい時間?」


「はい。久方ぶりに、お嬢様とこうして一緒に王宮を歩けましたので」


「そっか」


 その言葉に、私は少しだけ胸が温かくなった。


 きっとディアインにとっても、リアが目覚めたことは特別な出来事なのだろう。


「ディアイン、私も楽しかったよ」


 自然と言葉が出た。


「案内してくれてありがとう」


「ふふっ」


 ディアインは嬉しそうに笑う。


「そのお言葉だけで、本日の疲れなど吹き飛んでしまいますねぇ」


 そう言うと優雅に一礼した。


「では、お夕食を楽しみにお待ちくださいませ」


「うん!」


 そしてディアインは地上へ続く階段を上っていった。


◇◇◇


 その背中が見えなくなると、ミゾレがこちらへ向き直る。


「それではお嬢様。私達も戻りましょうか」


「うーん……」


 私は少し考えた。


 そして。


「最後にもう一ヶ所だけ行きたいところがあるんだけど……いい?」


「構いませんけど……一体どちらへ?」


「訓練場!」


 即答だった。


 ミゾレが目を瞬かせる。


「訓練場……ですか?」


「うん!」


 私は大きく頷いた。


「私も魔法使ってみたい!」


 ずっと気になっていた。


 異世界に来たのだ。


 魔法なんてロマンの塊である。


 むしろ今まで我慢していた自分を褒めてほしい。


 ミゾレは少しだけ考え込んだ。


「……」


 その表情には僅かな迷いが見えた。


 私ではない、本物のリア。


 彼女は自分の魔法を嫌っていた。


 それをミゾレは知っている。


 だからこそ躊躇ったのだろう。


 しかし、しばらくしてミゾレは小さく微笑んだ。


「今のお嬢様なら問題ないでしょう」


「ほんと!?」


「でも、時間も遅いので少しだけですよ」


「やったぁ!」


 思わずガッツポーズが飛び出した。


◇◇◇


 再び訪れた訓練場。


 広大な空間に足を踏み入れた瞬間、私のテンションは再び最高潮に達した。


「ついに魔法だ……!」


 異世界。


 魔法。


 訓練場。


 完璧である。


「では、まずは基礎からご説明いたします」


 ミゾレが指先を軽く動かす。


 すると空中に光の画面が現れた。


「おぉ!」


 やっぱりこの魔法液晶便利すぎる。


 普通に欲しい。


 画面には人体のような図が映し出された。


「魔法を発動する際、最も重要なのはイメージでございます」


「イメージ?」


「はい」


 人体図の胸部が光る。


「術者はまず発動したい魔法を明確に想像します」


 次に胸の中心から光が流れ始めた。


「その後、魔核から必要な魔力を抽出」


「魔核って体の中にあるやつだよね」


「はい」


 ミゾレは頷く。


「そして魔力を練り上げ、体外へ放出し、具現化します」


 映像の中で光が剣へ変化した。


「最後に魔法名の詠唱」


「おお」


「詠唱は術発動のトリガーでございます」


 私は真面目に聞いていた。


 完全にゲームやアニメの世界である。


 テンションが上がらないわけがない。


「ただし、高度な魔法ほど難易度は上昇いたします」


 映像が切り替わる。


 巨大な魔法陣。


 複雑な魔力の流れ。


「それはイメージと魔力抽出のバランスが非常に重要になるためです」


「なるほど」


「また、先天属性の影響もございます」


 今度は炎と水の映像が映る。


「たとえば炎属性の術師が、最上級の水属性魔法を扱うことは極めて困難です」


「属性の相性みたいな感じ?」


「その認識で問題ございません」


 ふむふむ。


 ちゃんと理屈があるんだなぁ。


◇◇◇


 一通り説明が終わる。


 私は早速両手を見つめた。


「よしっ!」


 ついに実践だ。


「何作ろうかな……」


 剣?


 杖?


 スマホ?


 いやスマホは中身分からない。


 テレビ?


 ゲーム機?


 無理だ。


 これらも構造が分からない。


「お嬢様」


 ミゾレが優しく声を掛ける。


「記憶喪失の影響もございますので、最初は上手くいかないかもしれ――」


 その瞬間。


「あっ」


 作りたいものが決まった。


「これにしようっと!」


 私は目を閉じる。


 思い浮かべる。


 転生前、私が毎晩抱いて眠っていた大切な相棒。


 柔らかな手触り。


 丸い耳。


 優しい顔。


 誰よりも見慣れた存在。


 そして――


 胸の奥から自然と魔力が流れ出した。


「《簡易創造(ジェネリック・クリエイト)》!!」


 光が溢れる。


 次の瞬間。


 ぽふんっ!


 という可愛らしい音と共に――


「できた!」


 目の前に現れたのは……


 私とほとんど同じくらいの大きさがある巨大なクマのぬいぐるみだった。


◇◇◇


「こ……これは……」


 ミゾレが固まっている。


 私は満面の笑みで答えた。


「ハローベティ!」


「はろー……べてぃ?」


「うん!」


 私はクマに飛びつく。


 ふわふわだった。


 最高だ。


 抱き心地も全く一緒である。


「この子の名前はハローベティっていって、世界中で有名な……じゃなくって、今、私がこんなぬいぐるみがあったらいいなぁって想像して……」


 ヤバい……っ!


 興奮のあまり、うっかり前世の知識をそのまま口にしかけた。


 私は慌てて言葉を飲み込みながら、胸の前に抱えたクマのぬいぐるみをぎゅっと抱き締める。


「と、とにかく、かわいいでしょ?」


 私は誤魔化すようにぬいぐるみを掲げる。

 

「え、えぇ……」


 ミゾレは戸惑いながらも頷いた。


 だが、その視線はどこかぬいぐるみではなく私自身へ向けられている気がした。


◇◇◇


(詠唱から発動までが早すぎる……)


 ミゾレは内心で動揺していた。


 以前のリアであれば、魔法発動までにはもっと時間が必要だった。


 集中し、魔力を練り、慎重に形を整える。


 それでも生成出来たのは片手で持てるような大きさ程度のものである。


 それが限界だった。


 だが今は違う。


 ほぼ一瞬。


 しかも生成された物はリアと同等サイズ。


 到底、初心者の結果ではない。


(一体……何が……?)


 理解が追いつかない。


 けれど。


「えへへ」


 嬉しそうにぬいぐるみを抱き締めるリアを見ていると。


 自然と頬が緩んだ。


「良かったですね、お嬢様」


「うん!」


 その笑顔は本当に嬉しそうだった。


 だから今はそれでいい。


 ミゾレはそう思った。


◇◇◇


「よーし!」


 私は再び気合いを入れる。


「もう一回やってみよう!」


 今度は何作ろう。


 ハローベティの相方である猫のぬいぐるみ?


 ちょっと難易度上げてゲーム機とか?


 それとも、一度は食べてみたかった巨大プリン?


 夢が広がる。


 しかし――


 ゴォォォォォン……。


 その時、王都中へ響き渡る鐘の音が鳴った。


 私は固まる。


「……あ」


 ミゾレが微笑んだ。


「午後六時でございます」


「えっ」


「本日はここまでです」


「えぇー!?」


 思わず不満の声が出た。


 まだやりたい。


 めちゃくちゃやりたい。


 だがミゾレは冷静だった。


「お嬢様。帰れば美味しい夕食が待っておりますよ」


「!」


 私は反応した。


「今日の夕飯なに?」


「メニューはまだわかりませんが、きっと今、ディアイン様達が腕によりをかけて準備しております」


「よしっ! 帰ろう!」


 即答だった。


 ミゾレが小さく吹き出す。


「ふふっ」


 私はハローベティのぬいぐるみを抱き締めながら歩き出した。


 魔法も楽しかった。


 王宮探検も楽しかった。


 そして今は――


 とてもお腹が空いた。


 そんなわけで私達は、夕食を楽しみにしながら部屋への帰路につくのだった。


 

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