1-15:地下二階
地下二階へ続く石造りの階段を降りながら、私はふと思い出したことを口にする。
「そういえば、封魔書庫って……私が倒れていたっていう場所?」
「はい。その通りでございます」
ミゾレは頷いた。
「お嬢様が発見されたのは、封魔書庫の最奥部でございました」
「そっかぁ」
なんとなく予想はしていた。
「現在は事故の調査と修復作業が行われております」
ミゾレはいつも通り淡々と説明した。
「修復?」
思わず聞き返す。
「はい。書庫内部の損傷が大きく、しばらくは立ち入り禁止となっております」
「損傷って……」
私は眉をひそめた。
ただの事故にしては大事すぎる気がする。
書庫といえば本を保管する場所だ。
棚が倒れたとか、一部が崩れたとか、その程度を想像していた。
けれど『修復作業』という言葉からは、もっと深刻な被害を連想してしまう。
「そんなに大きな事故だったんだ……」
小さく呟く。
ミゾレは静かに頷いた。
「そのようです」
だが、それだけだった。
詳しい説明はない。
いつもなら補足の一つくらいしてくれる彼女が、珍しく言葉を切った。
私はちらりと横顔を見る。
表情は変わらない。
けれど、どこか慎重に言葉を選んでいるようにも見えた。
まだ調査中だから……?
あるいは、まだ公表できない事情でもあるのかもしれない。
そんなことを考えたが、もちろん答えが分かるはずもない。
ミゾレもそれ以上は語らなかった。
◇◇◇
やがて階段を降り切る。
そこは静寂に包まれた広い空間だった。
そして正面の通路は――左右に分かれていた。
「こちらが地下二階でございます」
ミゾレが説明する。
彼女は右側の通路を示した。
「右へ進みますと王宮大避難所」
次に左側を示す。
「左には封魔書庫、第二宝物庫、そして封印区画がございます」
「なるほど」
「まずは王宮大避難所をご案内いたします」
私達は右の通路へ進んだ。
◇◇◇
しばらく歩くと、巨大な扉が見えてきた。
「うわ……」
思わず声が漏れる。
扉は金属らしき素材で作られていた。
厚さだけでも数メートルはありそうだ。
まるで城壁をそのまま扉にしたような威圧感がある。
「こちらが王宮大避難所でございます」
「シェルターみたいな感じ?」
「概ねその認識で問題ございません」
扉が開かれる。
そして――
「でかっ!?」
今日何度目か分からない驚きの声が出た。
内部は巨大なドーム状空間になっていた。
天井は遥か高く。
広さも尋常ではない。
数万人くらいなら普通に入れそうだった。
さらに正面には、巨大な光の画面が浮かんでいる。
「モニター……?」
「外部監視用魔導映像装置でございます」
ディアインが説明する。
何個かある画面には、王国の外側や王都の様子が映し出されていた。
「中にいても外の状況が確認出来るんだね」
「はい」
ミゾレが頷く。
「また、この施設には王国最高峰の結界術師達による多重結界が施されております」
私は周囲を見回した。
よく見ると壁や床には無数の魔法陣が刻まれている。
「多重って……どれくらいの結界が張られているの?」
「それは、機密事項でございます」
「気になる!」
思わず突っ込むと、ミゾレは少しだけ微笑んだ。
「少なくとも、通常の災害や魔物の襲撃程度では破られません」
「すご……」
さすが王宮の最終避難施設だった。
◇◇◇
その後、王宮大避難所を後にした私達は再び分岐地点へ戻る。
そして今度は左側の通路へ進んだ。
しばらく歩く。
さらに歩く。
そして――
「行き止まり?」
目の前にはただの石壁しかなかった。
どう見ても通路の終点である。
しかしミゾレは落ち着いた様子だった。
「お嬢様」
「うん?」
「その壁へ手をかざしてください」
「壁に?」
「はい」
言われるまま手を伸ばす。
すると――
壁に刻まれた見えない魔法陣が淡く発光した。
次の瞬間。
ゴゴゴゴ……。
重い音を立てながら壁が左右へ開いていく。
「うおぉ!?」
完全に隠し通路だった。
テンションが上がる。
めちゃくちゃ上がる。
「この扉は王族の血を引く者、あるいは陛下から認可を受けた一部の者しか開くことができません」
「へぇ……」
「私とディアイン様も認可を受けている内の一人です」
「ミゾレとディアインさん、すごっ!」
そう言うと二人は少し嬉しそうに笑った。
私達は、そのまま中へ足を踏み入れる。
すると背後の壁はすぐに閉じ、完全に元通りになった。
「閉まるの早っ!」
「これは、侵入防止のためでございます」
さすが機密区域なだけあるな……と思った。
◇◇◇
隠し通路の先は、それまでとは明らかに空気が違っていた。
静かだ。
異様なほどに。
そして――
「右側にあるのが封魔書庫でございます」
見ると、そこだけまるで災害現場のようだった。
壁はひび割れ、床は抉れ、天井の一部も崩落している。
入り口には幾重もの結界が張られており、淡い光が何重にも重なっていた。
「本当に事故現場みたいだ……」
「現在も修復中でございます」
確かにこれは立ち入り禁止になる。
だが、その破壊の激しさを目にすると、私はふと疑問を覚えた。
本当に――ただの事故だったのだろうか。
まるで何者かが暴れ回った後のような惨状だった。
もちろん、そんな考えに根拠はない。
けれど胸の奥に引っかかった違和感だけは、なかなか消えてくれなかった。
◇◇◇
次に左側の方へ進むと、そこには巨大な黄金色の扉があった。
「こちらが第二宝物庫でございます」
この第二宝物庫は、第一宝物庫以上に厳重そうだ。
周囲には幾重もの結界が展開され、空気そのものが張り詰めているように感じる。
「なんかラスボスの部屋みたい」
「重要度だけで言えば近いかもしれません」
「近いんだ……」
思わず引いた。
軽い気持ちで言った例えが、予想以上に的を射ていたらしい……。
◇◇◇
そして、最後に案内されたのは最奥部だった。
「こちらが封印区画でございます」
「……え?」
私は思わず目を瞬かせた。
予想と違ったからだ。
封印区画っていうぐらいだから、もっと凄まじい魔法陣による結界や巨大な門とか、そういうものを想像していた。
しかしそこにあったのは――
古びた扉。
そして、それを縛る錆び付いた鎖。
ただそれだけだった。
むしろ地下二階で最も質素に見える。
「この古びた扉が、この部屋……封印区画の扉なの?」
「はい」
ミゾレは静かに頷く。
「ですが――」
ディアインが言葉を継いだ。
「この扉を開けた者は、未だ一人も存在しておりません」
「誰も?」
「はい。」
私は改めて扉を見る。
古びている。
錆びている。
今にも壊れそうに見える。
なのに――
何故だろう。
目を離せない。
胸の奥がまた小さくざわついた。
まるで何かが、あの向こう側にあると訴えているような気がして。
「……不思議」
思わずそう呟いていた。
だが、その理由は自分でも分からなかった。
◇◇◇
一通り案内を終えた後。
私達は隠し通路を抜け、再び地下二階の分岐地点へ戻た。
そして階段を上り、地下一階へと帰還した。
ようやく見学も終盤らしい。
けれど――
地下二階で見た最後の扉だけは、不思議といつまでも私の頭から離れなかった。




