1-14:地下一階
地下へ続く階段を降りると、想像していた暗い地下室とはまるで違う光景が広がっていた。
「広っ!?」
思わず声が出る。
天井は高く、壁には魔導灯が等間隔に並んでいる。
地下というより、もう一つの街のようだった。
「こちらが地下一階でございます」
ミゾレが説明する。
「主に王宮の運営や研究に関わる施設が集められております」
「なるほど」
最初に案内されたのは、純白の大理石で築かれた巨大な建物だった。
建物の中には無数の本棚が並び、その光景はまるで本の森のようだ。
「こちらは王立大図書館でございます」
「うわぁ……」
思わず見上げる。
三階建てほどありそうな本棚。
魔法で浮遊する脚立。
本を運ぶ小型ゴーレム。
どこを見ても本、本、本。
「歴史書、地理書、魔法学書、冒険譚などが保管されております」
「ここだけで一生過ごせそう」
「実際にそのような学者もおります」
「いるんだ!?」
やっぱり異世界にも変わった人はいるもんだなぁ……としみじみ感じた。
◇◇◇
次に訪れたのは魔導研究室だった。
扉が開いた瞬間――
「おぉぉ……」
思わず声が漏れる。
そこは私が想像していた研究所そのものだった。
部屋の中には透明なガラス管がいくつも並び、その中では色とりどりの液体が淡く光っている。
天井付近には青白い結晶がふわふわと浮かび、照明代わりのように室内を照らしていた。
床や壁には複雑な魔法陣が刻まれており、その上を小型の魔道具が忙しそうに行き来している。
さらに奥では、白衣によく似た服を着た研究員達が真剣な表情で議論を交わしていた。
「異世界ファンタジー研究所だ……」
「?」
ミゾレが首を傾げる。
「な……なんでもないっ」
危ない。
テンションが上がりすぎて心の声が漏れた。
だって仕方ないと思う。
魔法陣。
浮遊結晶。
謎の研究施設。
こんなのロマンの塊じゃないか!
ここ、めちゃくちゃ好き!
オタクなら絶対テンションが上がるやつだ。
「お嬢様はこのような場所がお好きなのですか?」
「好き!」
即答だった。
ミゾレとディアインは顔を見合わせて小さく笑う。
何故か少し恥ずかしくなった。
◇◇◇
その後も案内は続いた。
次に訪れたのは魔道具保管庫。
そこには、日常生活を便利にする様々な魔道具が並べられていた。
「こちらは自動清掃魔導具でございます」
ミゾレが指差す。
すると、丸い金属製の魔道具が床の上を動き始めた。
器用に障害物を避けながら埃を集めていく。
「ルンバだ!」
「るんば……?」
異世界すごい。
想像していたよりも、ずっと文明レベル高い。
さらに奥には冷気を放つ大きな箱が置かれていた。
「こちらは氷箱でございます」
「冷蔵庫だ!」
「れいぞうこ……?」
そして通信水晶と呼ばれる、箱型の魔法道具。
遠く離れた相手と会話ができるらしい。
「スマホだ!」
「すまほ……?」
ミゾレがどんどん困惑していく。
「お嬢様……先程から、なんだか不思議なお言葉を使われますね」
ディアインが楽しそうに笑った。
あっ……ついテンションが上がりすぎて現実世界の機械の名前を連呼してしまった。
でも、こんなのテンションが上がらない方がおかしいって!
◇◇◇
次に訪れたのは王宮医療棟だ。
王宮医療棟は、それまでの施設とは少し雰囲気が違っていた。
白を基調とした清潔な空間。
薬草の優しい香り。
静かな足音。
忙しく行き交う治癒師達。
どこか病院を思わせる場所だった。
「こちらでございます」
ミゾレが案内する。
私達が中へ入った瞬間――
一人の治癒師がこちらを見た。
そして固まる。
「ひ、姫様……?」
その声を聞いた他の治癒師達も次々と振り返った。
空気が止まる。
次の瞬間。
「姫様だ!」
「本当にお目覚めになられたのですね!?」
驚きの声が一斉に上がった。
中には目を潤ませる人もいる。
年配の女性治癒師など、今にも泣き出しそうだった。
「お元気になられて良かった……」
「本当に良かったです……」
私は少し戸惑う。
だって、みんな本気で喜んでいるのだ。
社交辞令とかではなく、本当に心の底から。
ミゾレが静かに説明してくれる。
「お嬢様が眠っておられた間、この方々は交代で治療を続けておりました」
「交代で?」
「はい。回復魔法。魔力治療。薬物療法。あらゆる手段を試しました」
ディアインも頷く。
「王国中から優秀な治癒師が集められたのでございますよ」
「……」
「皆、お嬢様の回復を心から願っておりました」
胸の奥が少しだけ熱くなった。
私にとっては初めて会う人達だ。
けれど、この人達は違う。
ずっと眠り続けていたリアを知っている。
そして、諦めずに助けようとしてくれていた。
「私のことを、諦めないでいてくれて……本当にありがとうございます」
気付けば、自然と言葉が出て、頭が下がっていた。
一瞬だけ静寂が訪れる。
そして。
「おお……」
「姫様……!」
「そんな……頭を上げてください……!」
治癒師達はさらに感動していた。
私は少し照れくさくなってしまう。
けれど、その表情はどこか嬉しそうだった。
きっと、私が意識を失って目覚めるまでの間、自分達の努力が報われない現実と向き合ってきたのだろう。
だからこそ、私は最後にもう一度だけ頭を下げた。
「本当に、ありがとうございましたっ!」
そうして治癒院を後にした私達は、次の場所へと向かった。
◇◇◇
次にミゾレが案内してくれたのは――王宮内にある訓練施設だった。
そして――
「でっか……」
私は思わず足を止めた。
目の前に広がっていたのは、まるで競技場のような巨大な空間だった。
高い天井。
広大な石造りの床。
壁や柱には複雑な魔法陣が刻まれており、普通の建物ではないことが一目で分かる。
「こちらが訓練場でございます」
「訓練場っていうか……もう、そういうレベルじゃないんだけど」
それほどまでに広かった。
だが、驚くのはまだ早かった。
「なお、この訓練場は一つではございません」
「え?」
「火属性用、水属性用、風属性用、土属性用など、用途に応じて複数の訓練室が用意されております」
「複数!?」
私は思わず声を上げた。
改めて周囲を見ると、訓練場の奥にはいくつもの巨大な扉が並んでいる。
どうやらそれぞれ別の訓練室へ繋がっているらしい。
「また、対人戦闘訓練用の施設や、魔物との実戦を想定した環境再現型の訓練室もございます」
「本格的すぎる……。王族って、こんな場所で訓練するんだ……」
「はい」
ミゾレは当然のように頷く。
その反応を見て、私は改めて思った。
どうやら私が想像していたより、この国はずっと凄いらしい。
◇◇◇
最後に案内されたのは第一宝物庫だった。
重厚な扉が開いた瞬間――リアは思わず息を呑む。
「わぁ……」
広大な空間いっぱいに、数え切れないほどの財宝が並べられていた。
黄金や宝石で彩られた豪華な宝飾品。
歴代の英雄達が使用したという歴史的な剣や槍。
王家に代々受け継がれてきた王冠。
有名な画家が描いた巨大な絵画。
精巧な彫刻や工芸品の数々。
どれも一目見ただけで価値が分かるものばかりだった。
天井から吊るされた魔導灯の光を受けて、宝石達が虹色の輝きを放つ。
まるで星空が地上へ降りてきたかのような光景だった。
中には見たこともない素材で作られた品や、強大な魔力を秘めていることが一目で分かる秘宝まで並んでいる。
リアはきょろきょろと辺りを見回した。
「博物館みたい……」
思わず漏れた呟き。
いや、博物館以上かもしれない。
ここに並ぶ品々は単なる展示品ではない。
この国が歩んできた長い歴史そのものだった。
「一般公開されれば恐らくそうなるでしょうねぇ」
ディアインが微笑む。
だが、案内を終えたミゾレはふと表情を引き締めた。
「ここから先が地下一階の奥になります」
「?」
その先には巨大な扉があった。
厚い金属で作られた重厚な扉。
その両脇には武装した騎士が立っている。
先ほどまでの穏やかな雰囲気とは明らかに違った。
「ここから先は?」
私が尋ねる。
ミゾレは静かに答えた。
「地下二階でございます」
その声には自然と緊張が混じっていた。
ディアインも微笑みを浮かべたまま頷く。
「王宮の機密区域でございますねぇ」
私は扉を見上げた。
そこには無数の魔法陣が刻まれている。
まるで何かを閉じ込めているかのように。
「ちなみに何があるの?」
「封魔書庫」
ミゾレが答える。
「王国大避難所」
ディアインが続ける。
「第二宝物庫」
さらにミゾレ。
そして二人は一瞬だけ顔を見合わせた。
何故だろう。
その空気が少しだけ変わった気がした。
「それと――」
ミゾレがゆっくりと言う。
「封印区画がございます」
「封印区画?」
私が首を傾げる。
するとディアインの笑顔がほんの少しだけ苦笑に変わった。
「王宮で最も謎の多い場所でございますねぇ」
「謎?」
「はい」
ディアインは頷く。
「今まで誰一人として、その中へ入ることが出来ておりませんので」
「え?」
思わず聞き返した。
「誰も?」
「誰もでございます」
地下へ続く巨大な扉の向こう。
そのさらに奥。
誰も入れない場所。
その話を聞いた瞬間――
何故か胸の奥が、僅かにざわついたのを感じた。
胸の奥のざわめきを抱えたまま、私はミゾレ達の後に続いた。
重厚な扉がゆっくりと開く。
低い駆動音のような響きと共に、地下二階へ続く長い階段が姿を現した――




