1-13:ディアイン
それから少し休憩した後、私たちは再び王宮巡りを再開することになった。
「ではお嬢様。次は地下区域をご案内いたします」
ミゾレが優雅に一礼する。
私は立ち上がりながら、ふと思い出した。
「あ、そうだ」
「はい?」
「ミゾレの魔法、見てみたいっ!」
「私の魔法、でございますか?」
「うん。さっき、後ほど見せてくれるって言ってたから……ダメ?」
一瞬、ミゾレは少しだけ目を丸くして固まった。
しかし、すぐにいつも通りに柔らかく微笑む。
「そうでしたね。では、今から少しお見せいたしましょう」
「やった!」
「私が今からお見せするのは、闇属性魔法の使い魔召喚術の一つ――《小人操術》でございます」
彼女は一歩前へ出る。
黒い髪がふわりと揺れた。
「《小人操術》――発動」
次の瞬間。
ミゾレの足元から小さな魔法陣がいくつも浮かび上がった。
ぽんっ。
ぽんっ。
ぽんぽんぽんっ。
可愛らしい音と共に現れたのは――
「わぁっ!」
小さな小人たちだった。
身長は二十センチほど。
丸い帽子を被った子。
羽の生えた子。
小さな燕尾服を着た子。
それぞれ見た目が微妙に違う。
けれど全員、ぬいぐるみのように愛らしい。
「かわいいっ!!」
思わず叫んでしまった。
すると小人たちもこちらを見た。
『リアさまー!』
『リアさまだー!』
『あそぶー!』
『だっこー!』
『ひさしぶりー!』
「えっ?」
次の瞬間。
小人たちが一斉に飛び出した。
空を飛ぶ子。
てててっと走る子。
ぴょんぴょん跳ねる子。
全員が私へ向かって突撃してくる。
「わっ!? ちょっ!?」
『あそぶー!』
『かくれんぼー!』
『おさんぽー!』
『おやつー!』
「こらっ。お嬢様に飛びついてはいけません」
ミゾレの静かな一言。
その瞬間。
『はーい……』
『しょぼん』
『ごめんなさい……』
全員が一斉にしゅんとなった。
分かりやすすぎる。
「え、なにこの可愛い子たち」
「『小人』という妖精の一種ですね。昔からお嬢様によく懐いておりました」
「そうなの?」
「はい。お嬢様が幼い頃はよく一緒に遊んでおりました」
そう言われると、小人たちはどこか懐かしそうな顔をしていた。
なんだか少しだけ胸が温かくなる。
「それでは皆さん」
ミゾレが軽く指を鳴らした。
「お片付けをお願い致します」
『はーい!』
途端に小人たちが元気よく返事をした。
そして――
テーブルの上へ一斉に飛び乗る。
『よいしょー!』
『こっちもつよー!』
『ぼくもてるー!』
小さな身体でティーカップを持ち上げる。
二人がかりで皿を運ぶ。
空を飛んで厨房へ向かう子もいれば、てくてく歩いて運ぶ子もいる。
時々バランスを崩してふらつきながらも、一生懸命働いていた。
「……可愛い」
思わず呟く。
本当に可愛い。
仕事をしているだけなのに癒やされる。
見ているだけで顔が緩む。
小人たちも褒められたのが嬉しかったのか、
『えへへー!』
『がんばるー!』
『みてみてー!』
と更に張り切り始めた。
「調子に乗らないように」
『はーい……』
再びしゅん。
「可愛すぎるでしょ……」
私の感想に、ミゾレは少しだけ誇らしそうに微笑んだ。
◇◇◇
それから数分後。
食器の片付けが終わり、小人たちも送還された。
「では改めまして、地下区域をご案内いたします」
「うんっ! よろしくお願いします」
私たちは万華花園を後にした。
色とりどりの花々が咲き誇る庭園を抜け、王宮の廊下へと戻る。
先ほどまで聞こえていた小鳥のさえずりは遠ざかり、代わりに静かな空気が周囲を包み込んでいた。
しばらく廊下を歩き、地下へ続く大階段へ向かっていたその時だった。
「あらあら」
柔らかな女性の声が聞こえた。
私は思わず足を止める。
廊下の向こうから、一人の女性がこちらへ歩いてきていた。
年齢は五十代ほどだろうか。
白髪が混じった茶色の髪を綺麗にまとめており、落ち着いた雰囲気を纏っている。
少しふくよかな体型も相まって、その姿からは不思議な安心感が漂っていた。
まるで春の日差しのような。
あるいは、どんな悩みも優しく受け止めてくれそうな母親のような。
そんな温かさだった。
女性は私を見ると、ぱっと表情を明るくした。
「リアお嬢様っ!」
その声には心からの喜びが滲んでいた。
「本当に、本当に良かったです」
「え?」
次の瞬間、女性の目尻にうっすらと涙が浮かぶ。
「お目覚めになられたと聞いておりましたが、お元気そうなお姿を見て安心いたしました」
その言葉に込められた感情は本物だった。
私が目を覚ましたことを、本当に喜んでくれているのが伝わってくる。
隣でミゾレが恭しく一礼した。
「『ディアイン』メイド長。お勤め中のところ失礼いたします」
あ、この人が。
私は思わず姿勢を正した。
王宮の全メイドをまとめる人物。
メイド長。
女性は穏やかに微笑みながら一礼する。
「改めまして、お嬢様」
その笑顔はどこまでも優しかった。
「王宮メイド長を務めております、『ディアイン』と申します」
柔らかな茶色の瞳が私を見つめる。
その眼差しはまるで孫を見る祖母のようで。
何故だろう。
初対面のはずなのに、不思議と緊張しなかった。
むしろ――
会った瞬間から安心してしまうような人だった。
「その……私、記憶を失ってしまっているので、初めてお会いするような気持ちなのですが」
私は少し申し訳なさそうに頭を下げる。
「これからよろしくお願いします、ディアインさん」
「ふふふ」
ディアインは嬉しそうに笑う。
「こうやって再びお嬢様に名前を呼んでいただけるだけで、この老体は、あと百年は働けそうでございます」
「百年!?」
「冗談でございますよ」
そう言いながらも、どこか本当に働きそうな雰囲気だった。
私は思わず笑ってしまう。
するとディアインも、ミゾレも優しく微笑んだ。
王宮の廊下に、穏やかな空気が流れていた。
「さて、ミゾレ」
ディアインは穏やかに微笑んだ。
「今からお嬢様を、地下にご案内されるのでしょう?」
「はい。その予定でございます」
ミゾレが頷く。
「でしたら、私も少しだけ、ご一緒してもよろしいかしら?」
「え?」
「こうして久しぶりにお嬢様とお話し出来て、私、とても嬉しいのです。だから、もう少し一緒にいて色々とお話したいですわ。」
そう言って柔らかく笑う。
なんだろう。
本当におばあちゃんみたいな安心感がある。
「私は全然、構いませんけれど……お嬢様はどうですか?」
「私? 私もディアインさんと一緒に地下に行きたい!」
「あら〜。そう言ってもらえて、とても嬉しいですわ!」
ディアインは、本当に嬉しそうに笑った。
「では参りましょうか」
そうして、私たちは地下へ続く大階段へ向かったのだった。




