1-12:簡易創造
先ほどまで流れていた映像も静かに切り替わり、空中に浮かぶ光の画面には、若い王族たちが様々な光魔法を扱う様子が映し出される。
傷を癒す光。
闇を祓う光。
剣のように放たれる光。
どれもいかにも“光属性魔法”という感じだ。
しかし――ミゾレは言いづらそうに視線を伏せた。
「お嬢様は……これらの魔法をお使いになることができませんでした」
「……え?」
私は目を瞬かせる。
「回復魔法も?」
「はい」
「光の攻撃魔法も?」
「はい……」
ミゾレは小さく頷いた。
私は思わず首を傾げる。
「でも私、光属性なんだよね?」
「間違いなく光属性でございます」
「なのに使えないの?」
「はい」
なんだそのバグみたいな状態。
ゲームだったら不具合報告案件である。
ミゾレは少しだけ唇を噛んだ。
「しかし、一つだけ、お嬢様がお使いになれる魔法がございました」
「一つだけ?」
「はい。それが、《簡易創造》でございます」
ミゾレは静かに続ける。
「その魔法は非常に特殊なものでございます。未だに魔法の詳細が解析されておらず、他者による再現も不可能とされています。」
「再現も?」
「はい。お嬢様以外に使用者は確認されておりません。まさに、お嬢様だけに与えられた奇跡のような魔法でございます」
空中の映像が切り替わる。
そこには幼い頃のリアらしき少女が映っていた。
少女が手をかざすと、光が集まり――本が現れる。
次は花瓶。
次はティーカップ。
次はペン。
次々と物が生み出されていく。
「おぉ……」
「《簡易創造》とは、今まで見て、触れて、使用したことのある物を複製して創り出す魔法です」
「へぇ」
「ただし質量や大きさ、種類には上限がございます。城のような巨大建築物や命があるもの……生物などを創るようなことはできません」
なるほど。
万能ではないらしい。
それでも十分凄そうだ。
「私は、その魔法しか使えなかったの?」
「……はい」
ミゾレの声が少し沈む。
「光属性の王族でありながら、回復魔法も攻撃魔法も使えない。そのことでお嬢様は長い間、お悩みになられていたのです」
「……」
確かに、映像の中のリアは笑っていなかった。
どこか寂しそうで。
少しだけ胸が痛む。
「ですが」
ミゾレは続けた。
「お嬢様は生まれつき、とてつもなく優れた魔核をお持ちでした」
「魔核?」
すると空中映像に人体図のようなものが映る。
胸の中心に光る球体。
「魔核とは、生き物が生まれた時から持っている、魔力の塊のようなものでございます」
「魔力の心臓みたいな感じ?」
「その例えが一番近いかもしれません」
ミゾレは頷いた。
「この世界の生物が魔法を使えるのは、体内に魔核が存在するからです」
映像の球体が淡く輝く。
「魔核は胸の中央付近に存在しております」
「へぇ……これが魔核」
「そして魔核が破壊された時、その生命は絶命いたします」
「おぉ……重要器官だ」
「ですが外部から破壊することはほぼ不可能です」
映像には何重にも重なった層が表示される。
「何故なら、魔核は幾重もの硬い保護層に守られているからです」
「なるほど」
「お嬢様があの事故から生還できたのも……その規格外の魔核が理由ではないかと考えられております」
「私の魔核って……そんなに凄いんだ」
「はい」
ミゾレは静かに頷いた。
「歴代王族の中でも最高クラスでございます」
さ……最高クラス!!
私……というより『リア』の魔核、本当に凄いなっ!
そしてミゾレは少し俯いた。
「ですが……」
「?」
「どんなに優れた魔核を持っていても、回復魔法も使えず、攻撃魔法も使えず……」
その声が少し震える。
「そのことでお嬢様は本当に……本当に長く苦しまれておりました」
「……」
「申し訳ございません」
「え?」
「せっかく楽しみにされていたのに……」
ミゾレは今にも泣きそうな顔をしていた。
「がっかりさせてしまいましたよね……」
「いや?」
「…………え?」
私は首を傾げた。
「がっかりなんて全然してないよ。むしろ凄くない?」
「…………はい?」
今度はミゾレが固まる番だった。
「私のこの魔法、物を作れるんだよね?」
「はい……」
「しかも何もないところから」
「その通りでございます」
「それって、めちゃくちゃ凄くない?」
私は思わず身を乗り出した。
「だって普通に考えてよ!」
「は、はい」
「ゼロから物を生み出すんだよ!? それってもう創造神じゃん!」
「えっ」
「神様の魔法みたいなものじゃん!」
私は興奮気味に続ける。
「回復魔法もかっこいいけどさ!」
「……」
「私はこの魔法の方が好きかもしれない!」
その瞬間。
ミゾレの目が大きく見開かれた。
そして。
「――っ」
一筋の涙が零れ落ちる。
「えっ!?」
私は慌てた。
「ど、どうしたの!?」
「申し訳……ありません……」
「泣いてる!?」
ミゾレは涙を拭おうとする。
けれど次から次へと溢れてくる。
「お嬢様が……」
震える声。
「この魔法を……そんな風に言ってくださったのは……初めてで……」
私は少しだけ理解した。
きっと本物のリアは本当に、ずっと苦しんでいたのだ。
ずっと……ずっと。
だからミゾレも苦しかったのだろう。
「……」
私はそっと手を伸ばす。
そして指先でミゾレの涙を拭った。
「泣かないで」
「お嬢様……」
「私は本当に好きだよ、この魔法」
私は本心からそう言った。
「だからそんな顔しないで」
ミゾレは数秒、呆然としていた。
そして。
「……っ」
次の瞬間。
ぎゅっ。
「ふぇっ!?」
抱き締められた。
思いっきり。
かなり強めに。
壊れ物を抱くように、それでいて離したくないというように。
「お、おおおおおおおおっ!?」
柔らかな感触。
ふわりと香る花のような匂い。
美人メイドとの距離が近すぎて心臓がヤバいっ……!
柔らかな感触も、甘い香りも、反則だと思う。
だけど……私を抱き締める腕は、少しだけ震えていた。
まるで長い間押し込めていた感情が溢れ出してしまったかのように。
「お嬢様……」
耳元で聞こえた声は震えていた。
「み、ミゾレ……?」
「本当に……本当に……」
それ以上、言葉が続かない。
私は戸惑いながらも、そっとミゾレの背中に手を回した。
「以前のお嬢様は……」
ぽつりと。
かすれた声が零れる。
「この魔法を、とてもお嫌いになっておられました」
「……」
「何故、自分だけ普通の光魔法が使えないのかと……何度もご自分を責め続けて……」
この広い空間で、ミゾレの声が静かに響く。
「しかし、私は何度もお嬢様に申し上げました」
その声は優しい。
けれど、どこか痛々しい。
「お嬢様の魔法は素晴らしいものだと」
「……うん」
「ですが、お嬢様は信じてくださいませんでした。ですから……」
ぎゅっと。
抱き締める腕に少しだけ力が入る。
「今、お嬢様の口から『この魔法が好き』というお言葉が聞けたのが……とても嬉しくて……」
私は何も言えなかった。
きっとミゾレは、本物のリアが苦しむ姿をずっと近くで見続けてきたのだろう。
励ましても届かず。
支えたくても支えきれず。
それでも諦めずに寄り添い続けてきた。
そう思うと、私は無意識にそっとミゾレの背中を撫でていた。
「大丈夫だよ」
「……」
「少なくとも今の私は、この魔法、本当に素敵だと思っているから」
創造。
物を生み出す力。
そんなものが弱いはずがない。
そんなものが役に立たないはずがない。
私にはそう思えた。
しばらくして、ミゾレはゆっくりと顔を上げた。
綺麗な長い睫毛には、まだ涙の雫が残っている。
窓から差し込む光を受けて、それはまるで宝石のように輝いていた。
「お嬢様……本当に、ありがとうございます」
その笑顔は、今まで見たどの笑顔よりも綺麗だった。
張り詰めていた何かが、ようやく解けたような。
そんな笑顔だった。
私は少し照れながら頬を掻く。
「そ……そんな大したこと言ってないと思うんだけど」
「いいえ」
ミゾレは首を横に振る。
「お嬢様はいつもそうでございます」
「え?」
「ご自分では何気なく仰るのに、人の心を救ってしまわれる」
「そんな大げさな」
「大げさではございません」
綺麗な瞳で、真っ直ぐ見つめられる。
「少なくとも私は、何度も救われております」
「……っ」
だめだ……心臓に悪い。
美人にそんな顔で見つめられながら言われたら、誰だって照れると思う。
私が思わず目を逸らすと、
「ふふ」
ミゾレが小さく笑った。
「お嬢様、お顔が赤くなっております」
「なってない!」
「なっております」
私が慌てて否定すると、ミゾレはまたふふっと小さく笑った。
その笑顔には、先ほどまで抱えていた重荷が少しだけ軽くなったような安堵が滲んでいた。
窓の外では風に揺られた花々が静かに踊っていた。
柔らかな陽光が部屋を満たし、その穏やかな光景の中で――
まるで、長い冬が終わりを告げたかのように。
しかし、その時の私はまだ知る由もなかった。
自分が軽い気持ちで「神様の魔法みたい」と口にしたその力が――
この世界の常識を覆しかねないほど特別なものであることを。




