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【⑧超絶肉体】 千秋と二人で崖の上、ドジな宗ちゃん落ちたけど、
思わずジャンプで即生還、ど~為ってるのよ此の体?。
▼部屋でビデオを見て居たら千秋から連絡。此の間廣峯神社で見付けた遊歩道を歩いてみたいと言う。其れも明日早速決行。まあ何時もの事なので快く承諾。会員も全員参加。
宗樹は「今度は問題は起こせないぞ」と思った。翌朝先ず全員で廣峯神社へ参拝。其れで乗って来たクルマだが、完全自律型なので其の儘お弁当を積んで増井山の頂上へ移動。
其れから一行で増位山に向かって歩き始めた。「此の道を少年時代の官兵衛も何度も通ったと思うよ」「ど~して?」「増井山には叔父さんの休夢が住んで居たんだよ」
此の遊歩道は道幅は狭いがアップダウンは少ない。順調に進み大体45分くらいで増井山の山上駐車場に到着。
▼駐車場ではクルマが待って居た。お弁当を下ろして東の坂道を登るとスグに地蔵院に出た。「今日は諸説並立裏話を披露するよ」先ず一行に南側にある表示板を見せた。
其処には1569年に信長の軍勢がお寺を燃やしたと書いてある。其れから左手に榊原家の墓所が見えて来た。「書写山以外にも大名のお墓があるのね」「書写山が一番多いけど
景福寺山にもあるよ。増井山の随願寺は書写山円教寺と並び称されたお寺で榊原家の菩提寺なんだ」其の奥がお寺の本堂。スグ前は行き止まりで崖。右手には長い下りの石段。
「此処は十分に注意して降りてね。降りた所に広い休憩場所があるから其処まで頑張って」実は崖の上にも別の表示板があるのだが、今は絶対に見せられない事情がある。
▼無事に降り切って振り向くと左手にまた表示板。「此処に面白い事が書いてあるよ」其処にはお寺の焼失は1573年と書かれて居る。「面白いだろう?」「是って何方の年号が
ホントなの?」其れで此処で休憩してお弁当と言う事に為った。では愈々解説。「別の文献では休夢が城主をして居た有明の峰の有明山城と地蔵院の地蔵院城を1573年に
三木の別所長治が攻めたと書かれて居る。実は是が従来の定説で地蔵院の表示は新説」「何方がホントなの?」「新説で行くと岡山の桃太郎伝説と似たハナシに為る」
「何処が似て居るの?」「事実の隠蔽だよ。のちに播磨を治めた秀吉にすれば織田軍が地元にとって大切な随願寺を燃やした張本人では如何にも拙い。其れで隠蔽工作を企んだ」
▼「本来は無関係な別所をスケープゴートに利用したんだよ。為政者の遣り口は何時でも変わらないとこ~為る」「別所が犯人の可能性はないの?」「勿論其れもあるよ。だから
所説並立裏話と言う事だよ」此処で如何にも安易だがNHK大河ドラマの『軍師官兵衛』に出て来た年号表記を元に歴史の流れを解説。先ず織田軍侵攻説の1569年。黒田孝高
(官兵衛)は姫路城城主に就任3年目で23歳。別所犯人説の1573年(天正元年)に織田軍はようやく浅井、朝倉に勝利。地蔵院の表示板には小寺は1575年までに織田に服属。
大河ドラマでも此の年に小寺会議を開催して居る。7月に官兵衛は信長に拝謁。其の後直ちに三木の別所を説得。次に竜野の赤松を説得して遂に三人揃って信長に拝謁。
▼是で一気に播磨は織田方で纏まった。しかし1578年の軍議で別所と小寺の家老が造反。アッと言う間に織田の味方は黒田家のみに為って仕舞った。毛利の巧みな調略の勝利。
秀吉軍は陣地を書写山へ移すが遂に上月城を失う。そして此の年に官兵衛は有岡城の土牢に一年近くも幽閉され1579年11月にようやく救出された。彼の人生最大の試練。
「随願寺焼き討ちのハナシは歴史の表舞台には出て来ない。1569年当時播磨は織田の関心の対象外。1573年でも織田か毛利かの選択に揺れ動く播磨に織田が積極的に
敵対する根拠がない。織田は毛利が密かに石山本願寺を裏から支援して居る事実を知り初めて毛利の存在を意識して居る」「すると何方が犯人っぽいの?」
▼「織田軍だとしても其れが秀吉だと言うハナシには実感がない。此の時期の彼の活躍の舞台は近江だ。其れにも関わらず新聞には秀吉犯人説が載って居た」「さっきの説明とは
まるで正反対ね」。「残念だが流れを見ると秀吉犯人説は単なる民衆好みの為政者批判ネタで史実と言う感じがしない」「でも別所も明確な敵ではないわ」「だから何方にしても
此の焼き討ちの背景は、実際には前哨戦の小競り合いで出しゃばりな奴らが遣った先走りの偶発的事件だと思うんだ」「結局何の資料もないので断定出来ないのね?」
「仰る通り‼。だから結論は矢張り諸説並立」「う~ん残念‼」予想通りハナシは盛り上がらなかった。しかし此の裏には或る深刻な宗樹の苦心の裏工作が隠れて居た。
▼宗樹は廣峯神社から歩いて来てエ~加減疲れて十分に空腹な一行を一刻も早く安全な石段の下の広場へ導きたかった。しかしお寺の入り口には件の表示板があるのでハナシを
出すしかなかった。そして崖の上にも実は別の表示板があって其処には犯人は別所長治と明記されて居る。危ない崖の上と其れに続くキケンな長い下りの石段。此処で若しも
ハナシを出せば一行は当然コ~フンする。中でもスグに火が点く千秋は容易く歩くニトログリセリン状態に為る。すると当然石段は極めてキケンなエリアに変貌する。集中力を失った
千秋は石段で躓くかも知れない。すると忽ち大怪我。アタマを負傷すれば脳挫傷。其れだけは絶対に避けなければ為らない。其れで崖の上の表示板の存在を隠し通した。
▼食後に暫く休憩して奥の梅林へ案内した。「此処を通らないと先へ進めないんだ」其の奥もまた梅林。まだ11月なので蕾もないのが残念。しかし一行は梅林が気に入った様子。
喜んで辺りを散策して居る。宗樹と千秋、そして一樹と紅葉だけが先へ進み右手奥の階段を上がった。其処は狭い崖の上だが立派な墓地。榊原藩主夫妻のお墓が並んで居る。
「こんな所にもお墓があるのね」「榊原の治世は1649年の忠次と1665年の政房。其の後転封に為ったけどまた復帰して1704年の政邦以下が四代治めた。是は政邦夫妻の
お墓なんだ。自分は当初是は忠次夫妻のお墓だと思い込んで居た」「ど~して?」「其れはね、奥方が官兵衛の孫娘だからだよ」其処で何気なく後ろへ動いたのが拙かった。
▼小石でバランスを崩して後ろの梅林へ落下。4m程の崖下へクルリと宙返りして降りた。「大丈夫なの?」千秋が心配して必死に呼ぶので何気なくジャンプ。すると何故か
楽々元の場所まで跳び上がった。先へ行って居たのは二人だけなのでみんなは気が付かなかった。しかし一樹は複雑な様子。仕様がないので、「中々優秀なカラダだよ」
一樹は返事をしなかった。「ど~為って居るのアナタのカラダ?」「ど~やら来た時にカラダを強化してくれたらしいよ」そ~言って誤魔化したが愈々仕掛けがハッキリして来た感じ。
やがてみんなも遣って来た。其れから隠れて居る左奥の細い道を案内して東へ進んだ。巨石で出来た縄文時代の古墳を見ながら一路有明の峰を目指した。
▼やがて坂道を登ると昔其の儘の展望が眼前に開けた。「とても見晴らしがイイだろう?。日の出が真面に見れるのが多分有明の峯の名前の由来だと思う。昔は此の後ろに
出城があったらしい。東の登山口を登ると真っ直ぐに此処に出るんだよ」其れから本堂まで引き返した。「忠次夫妻のハナシをするよ。彼は黒田官兵衛の孫娘の徳姫と結婚して
其れで随願寺焼き討ちの経緯を知ったんだと思う。当時お寺は休夢たちの尽力で再建しては居たが肝心の本堂はまだなかった。其れでハナシを聞いた忠次が本堂を再建した。
其れが此処に榊原家のお墓がある所以だよ」「70年以上あとでやっと元に戻ったのね」「ウン孫娘のお蔭でね。休夢も官兵衛も喜んだと思うよ」
▼「最後はロマンで締めるのね」「仕様がないよ。ボクは人間が甘いんだ」墓所表記には一度目の初代忠次と二度目の初代政邦の名がある。榊原家は忠次と次の政房の治世後は
転封に為り姫路を離れて居る。しかし37年後に奇跡的にまた姫路に戻り正邦以下4代が37年間治めて居る。是は真にレアなケースかも知れない。子孫たちが帰って来て
忠次も徳姫も草葉の陰でさぞ嬉しかっただろうと思うが甘い人間のロマンチシズムに過ぎない。こ~して今回のハイキングは一見和やかに終わった。しかし宗樹は一樹を気遣った。
其の夜寝る前に一樹が尋ねる。「何時から気が着いたんですか?」「千秋の自称誕生日で酒を鱈腹飲んでからだよ」「調子が悪く為ったんですか?」
▼「逆だよ。まるで若い頃に戻ったみたいな感じ。其れがまたドンドン若く為って来た。是は自分のカラダではないなと思ったよ」「ど~思って居るんですか?」「も~スグ世界政府の
本部へ行くんだろう?。其れまで知らん顔をして居ればイイんだよ」「そ~は行きませんよ」「ま~概略で言うと此のカラダは自分の意識の受け皿でホンモノではない。若しかすると
意識自体もコピーだね。でも、”あ~そう言われればヤケに快調過ぎると思って居ましたよ”でOKだろう?」一樹は嘆息。「貴方には不安やマイナス思考が全くないんですね」
ま~とにかく一樹は宗樹に全く動揺がない事だけは理解した様子。何れにしても全ては其の内に、自然に明らかに為って来るでしょう。 【11月10日】




