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第9話 追跡

あの夜の真実―


父以外にもう一人だけ知る者がいる。


あの時助けた娘。


樹之助は娘の消息を探した。


三宅の使用人らは事件後霧散し、行方がわからなかった。


だが、意外なところで一人の女中を見つける。


なんとこの鴨川の乞食小屋集落。


ここの人々は常に流動している。

見ず知らずの者が出入りしていても誰も気にしない。


だが、珍しく四門(しもん)が一人の女を指さし、

「あの娘、三宅襲撃事件の生き残りみたいだぜ。」

と言ってきた。


「なんで、俺が三宅事件の生き残りを探していること知ってるんだ?」


「ふ、裏稼業はお前だけじゃないんだぜ。突き止めるの苦労したんだ。あとで奢れよ。」

と樹之助の背中を押した。


樹之助が近づくと、娘は(おび)えながら慌てて頭を下げた。


「そんな怖がるなよ。危害を加えたりすることないから。」


娘は少しホッとした表情になった。


「名前聞いてもいいか?」


「咲…」


「俺は樹之助。あんた三宅の家には長かったの?」


「いいえ。ついひと月まえから…」


「…あんたも、借金のカタに?」


咲は答えず目を伏せた...


「…すまん。俺の家も三宅にいわれの無い因縁つけられ離散したんだ。」


咲は(うつむ)きながら囁いた。


「…大勢いはります、そういう人。あのお屋敷はいつも誰かを脅す怒声(どせい)か、因縁つけられた方々の怨嗟(えんさ)の声が鳴り響いていました…」


樹之助は咲やあの日助けた娘らがどんな気持ちであの屋敷で過ごしていたかを考えると切なくなった。


「だからあの夜、お屋敷に進入した賊のこと、悪く言っている人、聞いたことありません。皆内心拍手喝采してるんやないかと…」


咲は川面(かわも)をながめながら小さな声で本音を吐露(とろ)している。


「あの夜のこと、何か覚えてるか?」


「…いえ。最初に旦那様の寝室の方から大きな物音がして、旦那様が用心棒の方々を呼ばはる声がしたところまでは覚えているのですが、その後なぜか寝てしまったようで、気が付いたらお役人様が大勢...」


「そうか。眠る前のこと、他に何か覚えていないか?」


咲は首を傾げる。


「そういえば...」


「甘い香りが…お屋敷の中では嗅いだことがない、甘いけど、鼻の奥に刺さるような...」


(同じだ。甘い香り…記憶の途絶...。)


樹之助はもう父の関与を確信せざるをえなかった。


(伊賀の秘薬“忘沈香(ぼうじんこう)”か...話でしか聞いたことはないけど、本当にあったのか…)


樹之助にはもう一つ聞いておかなければいけないことがあった。


「三宅の屋敷にあんた以外で十四、五の娘がいたろう?今どこにいるかわかるか?」


樹之助が聞くと、咲は直ぐにピンときた。


「あ~、千代ちゃん。年が近いから時々お屋敷で話したことあります。でも、あの事件の夜、うちが目覚めた時にはもういなくなっていたんです。」


(忘沈香を嗅いだなら千代も眠ったはずだ。だが、いなかった。誰かが連れだしたんだ。)


誰かはわかりきっていた。


「ありがとう。色々聞けて助かった。」


樹之助は咲に礼を言うと、イシキリの小屋に向かった。


イシキリは小屋の前で飯を食っていた。


樹之助は単刀直入(たんとうちょくにゅう)に聞いた。


「あの日俺をここに運んだのは親父なんだろ?」


イシキリはジロリと樹之助を見た。


「さすがだな。とうとうそこまで行き着いたか。」


「親父に口止めされてたんだな?」


「まあな。お前が知らずに過ごせばそれも良し。何か探って俺の事に行き着いたら、その時はお前の知る事を話してやってくれって言われたよ。」


「何を知っている?」


「たいした事じゃない。もうお前が掴んでいる事と同じさ。」


イシキリは飯を食った食器を持って川縁まで行き、洗い始めた。


樹之助もそれに続き、言葉を続ける。


「なぁ、その時親父は娘を連れてなかったか?」


「…ああ。いたよ。」


(やはり!)


樹之助の顔に喜色が浮かぶ。


「その娘はどこだ?」


「…四条河原町の“宵待(よいまち)“って店がある。」


樹之助の笑みが消える。


「“宵待”っていやぁ、岡場所だな…」


「お前もこの乞食小屋を寝ぐらにしてるんだ。人が生きていくって事は綺麗事じゃすまねぇ事ぐらいわかってんだろ?ましてや女が1人生きていく事は並大抵の事じゃねぇんだ…」


イシキリが樹之助の心を見透かしたように言い放つ。


「……あぁ、わかってる…」


「俺が知っているのはそこまでだ…」


そう言うとイシキリは洗い終わった食器を持って小屋の中へと消えていった。


樹之助は四条河原町に向かった。


賑やかな四条大通りの一丁裏通り、表通りとは違った艶やかな賑わいがあった。


軒を寄せ合う二階家の軒先には赤く煤けた提灯が揺れ、狭い道に酒と脂と香の匂いが淀んでいた。


表向きは料理茶屋、居酒屋、貸座敷。

だが暖簾(のれん)の隙間から覗く女の目つきが、その建前を笑っている。


三味線の爪弾きに混じって、男のどよめき、女の甲高い笑い、誰かの怒鳴り声。

戸口にもたれた若い女が、通り過ぎる男の袖を指先でつまむ。


向かいの店では、化粧の濃い年増女が煙管をくゆらせ、値踏みするように客を見ていた。


酔った町人、刀を差した浪人、羽振りのよい商人、顔を伏せた若侍。誰もが少しだけ後ろ暗い顔で歩いている。


樹之助が通りを歩くと、数件おきに声がかかる。


「兄さん、今夜は寄っておくれやす」


「店を探してるんだ。“宵待”って店どこにある?」


「なんだい、馴染みがあるのかい。つまんないね。」


皆時間の無駄とばかりに引いていく。


そのうちの一人が、「この通りの一番端の店だよ。」と背中越しに答えてくれた。


その後も行く手を阻む呼び込みを掻き分け、“宵待”の前までたどり着いた。


黒ずんだ二階建て町家。

軒先に紅提灯(ちょうちん)が一つ。

品の良さそうな小料理屋だ。

暖簾(のれん)は藍染めで、白抜きで小さく「宵待」。


格子戸(こうしど)は半分だけ開き、内側から灯りが漏れる。


派手さはない。

だが“知る者は知る店”。

戸をくぐると三和土(たたき)

番頭格の四十がらみの女中が近寄り声をかけてきた。


「メシかい?遊びかい?両方かい?」


「人を探している。」


女中の目がキラリと光った。


【岡場所】島原のような公許遊郭ではなく、町家や茶屋を装って女を置く私娼宿。京の裏町に点在した。

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