第80話 池田屋事件4
黒づくめの装束に鉢がね、手甲、脚絆に身を固めた一団が祇園会所を進発し、四条通りを西進し始めたのは暮れ六つ半(現代の午後七時半頃)。
一団となっていた一行は、縄手通りで右折する土方隊と別れる。
「武運を!」
近藤が短く声掛けると、土方は目礼した。
土方隊は二十四名。
縄手通りに入ると、さらに隊を分けた。
「源さんは十人を率いて、裏通りの方を探索してくれ!」
「承知!」
六番隊組長井上源三郎は、試衛館からの気心知れた仲だ。
普段は温厚で朴訥とした年長者だが、剣の腕も含め、指示したことを確実にやり遂げる実直さに、土方は隊内で一番の信頼を置いていた。
「何かあれば互いに呼び笛で連絡だ!」
土方が駆け去る井上の背中に言い放つと、自隊に残った三番隊組長斉藤一にも指示を出す。
「斉藤君!表通りの両側を同時に当たっていこう。残った半分を率いて君は向かい側を当たってくれ!」
斉藤は無駄なことは一切言わず、すぐに手近にいた六人を抽出し、通りの反対側にある旅篭に飛び込んでいった。
「いいな。無駄な言葉が無くとも分かり合える連中は...」
土方は井上、斉藤の動きに満足しつつ、自らも手近な小料理屋に分け入り声を張った。
「会津中将お預かり新選組!御用検めである。」
一方近藤隊も木屋町通りに着くと右折し、三条通り方面に北上を開始した。
樹之助は一行からやや距離をおいた後方から追従していた。
全員で一軒一軒回っていては時間がかかる。
少数の近藤隊ではあるが、こちらも二隊に分かれて手あたり次第当たっていった。
時間は刻々と流れていた。
近藤も土方も内心焦りを感じていた。
(今宵突き留められなければ、奴らは地下に潜りお蔵入りだ...)
樹之助もただ眺めているだけではなく、先行して大人数が入りそうな旅篭や料亭などを下見していた。
樹之助に追いついてきた隊士に対し、
「ここの座敷には十人以上の客がいる」とか「ここの店は閑古鳥だ。」など、事前に情報を流していた。
探索から一刻半ほど経っていた。
木屋町通りを抜け三条通に突き当たる。
(ここじゃないか...)
誰しも思いかけていた。
土方隊はまだ三条通りに到達していなかった。
「時間が無い。このまま三条を探索する!」
近藤が言い、そのまま西方向に探索を開始した。
三条を西進し始めてまもなく、樹之助は一軒の旅籠の前に足を止める。
旅篭の入り口は既に閉じられているが、二階座敷から大声で議論する声が聞こえていた。
樹之助は”池田屋”という旅篭をぐるりと一週回ってみる。
大きな声がするのは表通りから離れた裏通り近くの二階の部屋だった。
声の感じからして二十は下らない人数に思える。
しかも言葉の感じから、かなり雑多な訛りが混じっている。
(これは、各地から集まってきた浪士共に間違いないのでは...)
樹之助はそう確信し、表通りに戻った時、沖田と永倉を先頭に近藤隊が追いついてきた。
樹之助は皆を手招きし、小声で状況を伝える。
「十中八九不逞浪士の集まりだ。人数は二十は下らない。奥の二階だ。連中かなり酔っているのだろう。密談のはずがもう大声で喚き合っている。」
それを聞き近藤らの目が据わる。
「すぐ副長に知らせましょう。突入は副長の隊の到着を待ってから…」
永倉が言っている話を遮るように近藤が割り込む。
「連中の出来上がり具合からしてもうかなりの時間議論しているのだろう。このまま時を過ごせば奴ら散会して一網打尽にする機会を逃すかもしれん。」
近藤は大きく息を吐き言を繋ぐ。
「よって、我らのみで踏み込み敵の逃亡を抑える。石川君は至急副長に知らせてくれ。」
それを聞くや否や、樹之助は一同の面前から消えた。
沖田らが目を丸くしている。
「正に風だな...」
近藤もそう呟いた後、具体的な指示を出す。
「敵は二階。建物は幅狭く廊下は狭い。よって廊下で迎え討つべし。室内に入って囲まれてはならん。」
皆緊張した表情で頷く。
「突入は俺と総司と永倉君、平助の四人。俺と総司が二階に上がり、狭い廊下の両側から挟みこむように敵を挟み、階下に追い落とす。落ちてきた者を永倉君と平助で迎え討て。」
「はい」
永倉が返事する。
「武田君、谷君は残りの者を指図し、表、裏の門を固め脱出しようとするものを捕縛せよ!」
武田、谷も密かに打ち合わせ、人数を分け裏手と正面に配置した。
全ての準備が整うと、近藤は池田屋の木戸をどんどんと力強く叩いた。
「開けろ!御用検めである!」
新選組の長い夜が始まった。




