第79話 池田屋事件3
「思ったより少ないな」
土方は出動にあたり屯所で編成を考えながら一人眉をひそめていた。
新選組の隊内では、ここ数日流行病が蔓延し、隊務に就くことができない者が続出していた。
京都市中は広い。
土方は今宵不逞浪士達が市内の旅籠、料亭などで会合し、今後の計画を練り直すと見ている。
とても新選組だけで対応しきれない。
既に古高から得た情報を京都守護職の会津藩と桑名藩には伝えてある。
両藩ともその内容を聞き、蒼白となり、今宵の一斉探索に協力すると返答は来た。
(だが、予定通り数を出すかどうか...)
土方は幕臣らの腰の重いことをよく知っている。
(またなんだかんだ理由をつけて動かない可能性もある...)
土方は両藩の加勢を半分宛にしていなかった。
(いざとなれば新選組だけでカタをつける。だから最も疑わしい祇園周辺は新選組の手で探索する。が、この人数か...)
今宵出動できそうなのは四十足らず。
屯所に古高奪還を目論んだ浪士が襲撃してくることも考えると、抑えの人数も残さなければならない。
土方はサラサラと人数割を書き記すと、それを持って近藤の下へ向かった。
近藤の部屋には総長の山南もいた。
部屋に入ると土方は近藤の前に書き記した人数割を広げた。
近藤、山南が覗き込む。
そして山南が唸った。
「…これは。ちょっと危険ではありませんか?局長の隊が敵と遭遇した際は相当不利な戦いとなりますよ。」
土方は顔に皮肉な笑みを浮かべた。
そんなことは百も承知だ、と言わんばかりに。
「半々に分けることも考えたが、恐らく俺が担当する縄手通りの方が件数も多く、長州系の浪士が昵懇にしていた店が多い。六、七割こちらが遭遇する確率が高いと思っている。」
「しかし...」
なおも何か言おうとする山南に対し、土方は蓋をするように言葉を被せる。
「そのため、人数の少ない局長の班には精鋭を集める。足りない量は、隊士の質で埋めてくれ。」
土方は真っ直ぐに近藤を見据えて言った。
そう言われ近藤の顔が上気したのがわかった。
「いいだろう。互いの連絡を密にし、どちらかが遭遇した際は至急応援に駆け付けるようにしよう。」
近藤はむしろ少数で敵に立ち向かう状況を望んでいるようだ。
「こちらは人数がいるので、敵に遭遇してもなんとかなるが、局長の方が遭遇した場合は至急応援を頼む必要がある。」
「だからといって、少ない人数を割くわけにいくまい。どうすると言うのだ?」
「あの忍び...石川樹之助を局長の隊に同行させます。あの者ならば常人の通れぬような道を通り至急連絡をつけることが出来ましょう。」
「忍び?初耳ですな。」
山南が首を捻り土方を見る。
「縁あって今回の探索に協力してもらった者だ。新選組隊士にはなりたくないらしいが、なかなか使える男だ。」
「なるほど。山崎君を伴うかと思っていましたが、私と一緒に留守を任せるのはその者がいるからですか。」
「山崎君は監察と言っても、忍びのように俊敏な動きができるわけじゃないからな。この役目石川が適任だ。」
近藤も山南もそれ以上何も言わなかった。
日が暮れ、夜の帳が下りる頃、新選組隊士は三々五々平装で屯所を出て行く。
固まって出ては敵に動員を気づかれてしまうからだ。
世に有名な萌黄の隊服は着用していない。
目立たぬことが肝要だからだ。
代わりに皆黒装束、鎖帷子を着込んでいる。
暮れ六つ
八坂神社下の新選組会所に出動予定の隊士は集結し、思い思い準備を始めていた。
そんな中、土方がいら立ちを隠せない表情で座ってる。
「どうしたんですか、土方さん。そんな青筋立てて座っていたら、出動前に卒倒してしまいますよ。」
沖田が軽口を叩いてくる。
「うるせぇ!会津、桑名の連中はまだか?」
「まだみたいですね~」
沖田が緊張感なく答える。
「ったく!誰か、もう一度会津屋敷に走れ!いい加減にしないと連中逃げ散ってしまうぜ!」
土方が叫ぶと、隊士の誰かが会所を走り出て行った。
「まぁそう苛立つな。いざとなれば俺達だけで動けばいい。」
近藤が落ち着き払った声で土方に語りかける。
こういう時の威厳のある態度は、正に将器。
隊士の誰もが総大将のこういう態度に安心して戦いに挑めるのだ。
土方はふと沖田の方に首を伸ばす。
「そういえば、石川は来ているのか?姿が見えんが。」
「来てますよ。でも隊士の中にいるのは嫌だって言って...」
沖田は天井を指さした。
「屋根の上で通りを窺ってるって。」
「そうか...」
土方はまた腕組みをし瞑目した。
宵五つ(午後5時頃)を過ぎ、さすがに土方も近藤も焦りを感じていた。
「これは…もう会津、桑名をアテにできんな...」
近藤が言うと、土方は苦々しい顔つき舌打ちをした。
そして立ち上がり隊士一同に号令をかける。
「これより市中探索に出動する。隊は二班に分け、一手を局長が率いて木屋町通りを、もう一手を俺が率いて縄手通りを探索しながら北上する。」
隊士一同に緊張が走る。
最後に近藤が声を掛ける。
「皆々今宵こそ日ごろの鍛錬の成果を発揮する時ぞ!賊共は恐ろしい計画をもって都を火の海にしようとしている。天皇がおわすこの京において絶対あってはならぬ所業。一同命を惜しむな!敵と相対したならば怯むことなく、新選組隊士として堂々と挑んでほしい。この近藤その先頭に立って働く!皆々ついて来てくれ!」
「おーーーー!」
地鳴りのような隊士の気合が会所を包んだ。
樹之助は屋根上でその声を聞きながら、ジッと祇園の方角を見つめていた。
(いよいよだな...)




