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第77話 池田屋事件1

六月五日早暁


樹之助は、いつも通り向かい屋敷の松の枝上から升屋を見張っていた。


(そろそろ夜が明ける…帰るかな)


そう思い始めた時、通りを大人数がやってくる物音がする。


樹之助が音のする方向に目を凝(こ)らすと、朝もやの中、武装した一団がやってきた。


その数約二十人。


「あれは、土方…」


樹之助は思わず口走る。


一行は升屋の前に整列すると、入口の戸を叩く。


やや時間を置いて、店主らしき男が出てきた。


「あれが、升屋喜右衛門…か」


升屋らしき男は、新選組に囲まれながらも臆することなく、胸を張って抗弁していたが、やがて諦めたように首を振ると玄関を開け放した。


新選組の隊士が一斉に升屋の中へ殺到していく。


升屋は土方と数人の隊士と一緒に店の入り口に立ち、じっと探索の様子を見ている。


時間が刻々と過ぎる。


探索開始時、薄暗かった通りは、すっかり陽が昇り、近所の住民が「何事か?」という顔で店の中を覗きながら通り過ぎていく。


探索していた隊員が、時々土方に報告に来る。


(どうも難儀しているようだな...)


やがて隊士がまた土方に報告に来た。


「どこにも、それらしきものはありません。」


横で升屋が勝ち誇ったような顔で頷いている。


土方は腕を組み、顎を撫でていたが、突如大声で命じた。


「床板を剥げ!店だけじゃない。倉庫になっている離れなど全てだ!」


それを聞き升屋がビクッとするのが後ろから見ている樹之助にもわかった。


やがてくぎ抜きや大木槌を持った隊士が一斉に升屋の床板を壊し始める。


ややしばらくして、隊士の一人が叫ぶ声が聞こえた。


「やや!下に降りる階段があります!」


「確認しろ!」


土方が短く命令する。


「ありました!銃、弾丸、刀、火薬、凄い量です!」


数人の隊士が叫ぶ声が聞こえてきた。


「どういうことかな?升屋喜右衛門。いや、本当の名は古高俊太郎というのであろう?その辺もちゃんと調べがついている。この続きは屯所でじっくり聞かせてもらおうか?」


土方が横にいる升屋あらため古高に言うと、古高は観念した様子で土方について歩き出した。


(さすが土方。全て調べてあるのか...)


そう思って土方の背中を見送っていると、裏口から逆方向に走り去る人影を見つけた。


樹之助はその人影を追う。


その人影が走る道筋は、つい二日前走った道と同じだった。


(行き先は長州藩邸…さっきの古高が捕縛されたことを注進するんだな...)


案の定、人影は長州藩邸に入った。


それを見届けると、樹之助も壬生の屯所に走った。


壬生の屯所では、捕らえた古高の尋問が始まっていた。


だが、古高は名前以外一切喋らない。


樹之助は山崎を探し、古高が捕らえられたことが既に長州の耳に入っていることを伝えた。


山崎はその情報を土方に伝える。


それまで尋問を永倉、斉藤、原田などに任せていた土方がそれを聞いて立ち上がり、尋問していた前川邸の離れに入った。


「俺が代わろう...」


そういうと、数人の下級隊士を残し、永倉らは外に出された。


山崎と樹之助は出てきた永倉らに声を掛ける。


「どんな感じなんですか?」


「どうもこうもねぇな。あいつどんなに痛めつけられても眉一つ動かしゃあしねえ。あれはただの商人じゃないぜ。」


永倉が半分呆(あき)れたように言った。


「でもぐずぐずもしてられそうにありません。石川君が古高が捕らえられたことを長州藩邸に伝えに行った者を確認しています。計画が大きなものであれば、やつら古高を奪還に来るか、計画を前倒しして実践する可能性があります。」


山崎が冷静に状況を分析して聞かせた。


「それで副長自ら取り調べってことか。でも副長が行ったからって白状するとは...」


原田がそう言いかけた時、「ぎゃあぁぁぁ!」離れから物凄い叫び声が聞こえてきた。


「…あの何をしても何も喋らなかった男が?副長、一体何をやってるんだ...」


その場に居合わせた全員が、唾を飲み込み悲鳴の聞こえる離れを凝視していた。


半刻後、汗だくの土方が出てきた。


「土方さん!あいつ吐いたんですか?」


誰ともなく問いかける。


土方は息を整え、皆に告げた。


「あの古高俊太郎は尊攘派の志士だ。奴らは昨年都を追い落とされた長州と手を組みとんでもない計画を立てていた。」


土方のとんでもない計画というのに、一同緊張が高まる。


「奴らは祇園祭の前、風の強い日の夜を選び御所に火をかけ、その混乱に乗じ、中川宮、一橋慶喜公、会津公を暗殺、次いで天皇(みかど)を長州に誘拐しようという腹積もりだ!」


一同戦慄した。


なんという大それた計画なのか…


京を火の海にして、天皇を連れ去るなど、古今聞いたことのない所業である。


「いいか!古高を捕縛した以上、奴らは計画を早める可能性がある。俺はこれからこの事を会津公らに報告し、市中の一斉探索を進言してくる。皆は出動に向け準備を怠るな!」


土方が言うと、皆「おう!」と叫び、準備に取り掛かるため走り去っていった。


後には山崎と樹之助だけが残っていた。


土方は近藤の下に報告すべく歩き出した。


その背に向かい樹之助は言葉を投げかけた。


「なぁ、本当にそんなでかい計画だったのか?あんた、新選組の手柄を誇大に盛るために、計画をでっちあげているんじゃないのか?」


それを聞き土方は立ち止まり振り返った。


「だからどうした?やつらがロクでもない計画を立てていることに変わりはないんだ。これくらい言わないと、幕臣ってやつは動きやしないんだよ。」


そう言って再び踵を返し歩き出す。


そして最後歩きながら言い放った。


「今宵新選組一世一代の大博打だ!」


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