第71話 池田屋前夜2
沖田は宵待を訪れた。
「おこしやす~。兄さんいい男だけど、まだ営業時間前なんだよね~。お姉さんでよければお相手するけどどうだい?」
女将のお滝がからかう。
「あいにく女には困っていないんだ。お滝って女将はあんたかい?」
「ま、すかしてるね。確かにお滝は私だよ。何の用だい?」
「俺は新選組の沖田というもんだけど、ここに来たらゴエ…じゃなかった、樹之助の居所がわかるって聞いてきたんだ。」
瞬間お滝の顔色が変わる。
「…壬生浪?あの子斬ろうって腹じゃないだろうね?」
沖田は苦笑した。
「どこに行っても新選組って名乗ったら斬りにきたのかって…そんなに斬ってないんだけどねぇ」
お滝も苦笑する。
「あんたらのおかげで市中が平穏だとは思うけどね。盛り場では長州はんがぎょうさんお金使うてくれたから、いなくなって景気が悪くなってるのさ。逆恨みじゃないけどね、そういう気持ちの町衆もいるんだよ。」
「へぇ~。立場変われば見方も変わるか...」
沖田が感心する。
「で、樹之助に会いたいってのは、本当にひっ捕らえに来たわけじゃないんだね?」
「あぁ。それなら隊服着て任務として来ている。」
沖田が真顔で言う。
「そうかい。でもあの子達は身内同然なんでね。下手にヤサを明かして後日何かあっても嫌だから、ここに呼んであげるよ。あがって待ってな。」
お滝がそういうと、沖田は満足げに頷いた。
「それでもいいよ。会えればいいんだ。」
お滝は沖田を二階の通りに面した部屋に案内し、使用人に樹之助を呼んでくるよう指図した。
少しして使用人が戻るのと一緒に、樹之助がやってきた。
「お滝さん、用事って?」
樹之助が聞く。
「上にお客が来てるよ。」
お滝が上を指さす。
「客?誰だよ?」
樹之助が首を捻る。
「壬生浪」
お滝がニヤっとして答える。
「新選組?沖田か?」
樹之助が聞くと、お滝は手を打つ。
「よくわかったね。やっぱりあんたら顔見知りなんだね。私はてっきりあんたをひっ捕らえに来たんじゃないかと思って、ヒヤヒヤしてたんだよ。」
お滝が少し安堵している。
母のように安堵してくれているのが嬉しかった。
「ありがとうお滝さん。沖田には俺も話があったんだ。正に渡りに船だよ。」
「そうかい。二階の宵の間だよ。」
「わかった。ありがとう!」
樹之助は足早に階段を上がって行った。
「なんだかどんどん活動範囲が広がってるねぇ。千代も気が気でないだろうに...」
お滝は煙管に火を点けた。
宵の間の障子を開けると、沖田が一人通りを眺めていた。
「久しぶりだな。」
樹之助が言う。
「よお、元気だった?」
沖田も振り向き答える。
「何の用だ?」
樹之助が座に着くと、沖田も窓越しから戻り座に着く。
「頼みがある。」
「新選組に入れってやつか?」
「まぁそうなんだが、どうせ正式に入るってのは嫌なんだろ?」
「俺にあの隊服似合うと思うか?」
「俺だって似合うと思って着てないよ!」
沖田が気色ばむ。
途端に二人で高笑いする。
その声を下で聞いていたお滝は「大丈夫そうだね...」と安堵の溜息をもらしていた。
「今、市中に不穏の動きがあるんだ。」
樹之助はピンときた。
岩倉が言っていた、地下に潜った過激派の計画…
「俺達実働部隊はいざ捕縛、斬り合いには十分の戦力があるんだが、こうした敵情を探る諜報活動ができる者が少ないんだ。」
「なるほど。それで俺にそうした情報収集を手伝えって言う腹か?」
「察しがいいね。その通りだ。それなら新選組の隊士ってわけでもないから、この任務が終われば白紙に戻して結構だ。」
樹之助は考えた。
いや、考えるフリをしていた。
(岩倉様から言われた過激派の動きを探るというのと一石二鳥だな。悪い話じゃない...)
そう思ったが、少し勿体つけてみた。
「今回だけってなら、手伝ってやらないでもないけどな。結構危険な任務なんだろ?」
「まぁね。相手は恐らく長州の残党と過激浪人だからね。」
「俺には女房がいるんだ。俺が死んじまったら路頭に迷う。それなりのモン貰わないと割に合わないぜ。」
沖田は苦笑する。
「相変わらず現実的だよね、忍びって。地獄の沙汰も金次第ってか?」
そう言われても別に悪い気はしない。
「伊賀者ってのは、戦国の頃から金であちこちの大名に仕えてきたんだ。与えられた任務に対する報酬ってのは何より大事なもんなんだぜ。」
樹之助がにやける。
「わかったよ。金の事は俺の口からいくらとは言えないけど、それ相応の手当ては出させる。俺から土方さんに伝えておくから。」
(上手くいった。こちらからお願いしてやらせてもらおうと思った仕事が、給金付きでできるぜ...)
樹之助は内心ほくそ笑みながらも、顔は真顔で念押しした。
「その言葉、二言なきようにな。」
沖田も真顔で頷いた。
こうして樹之助は、新選組の監察方を手伝うことになった。




