第70話 池田屋前夜1
新選組屯所
土方の部屋。
監察方の山崎蒸が報告に来ている。
「やはり不穏の動きありか?」
土方が聞く。
山崎は頷き続ける。
「市中の協力者数人にアタリをつけていますが、いかんせん手が足りません。」
「五番隊か六番隊あたり応援に回すか?」
土方が言うが、山崎はかぶりを振る。
「人数がいればいいというものでもないのです。隊士の者共は一騎当千の猛者が多いですが、諜報活動は市中に溶け込み目立たぬことが求められます。隊士の皆さんが一斉にウロウロしては、相手に警戒心を抱かせるだけでしょう。」
土方は唸った。
新選組の中で一番いそうもない者達だ。
そんな中でも使えそうな者は、既に山崎の下につけている。
「何らかの計画が動いているのは間違いないんだな?」
「はい。既に長州の桂や肥後の宮部などが京入りしているという情報は掴んでおります。」
「それだけじゃねぇだろうな。奴らどこで何をしでかす気だ...?」
そこまで考えた時、土方の頭に一人の男の顔が浮かんだ。
「山崎君、監察の応援は何とかするから、帰りがけ総司にここへ来るよう言づけてくれ。」
そう言われ山崎は部屋を辞し、沖田へ土方が呼んでる旨伝えた。
土方の部屋へ入るなり、沖田はブツブツと文句を言い出す。
「なんですか土方さん。最近は市内の見回り範囲も広くなって、満足に稽古する時間もないんですからね。無駄話なら手短にお願いしますよ。」
いつもなら冗談でも言って沖田の戯言に付き合う土方も、今日は真っ直ぐ要件に入った。
「総司、あの伊賀者。石川樹之助とかいったか。奴の居所知っているのか?」
「あぁ、ゴエモン。」
沖田は丁と手を打つ。
「...知らない」
土方の目つきが鋭くなる。
「バカ野郎。ちゃんと押さえておけよ!」
「そりゃないよ~。別にゴエモンとは通りすがりの間柄でしかないんだし、用事もないんだから居所知っている方がおかしなもんじゃないですか。」
沖田が口を尖らせて反論する。
「しゃあねぇな~。なんか手掛かりはねぇのかよ?」
沖田は首を捻る。
「初めてあいつに会ったのは三条大橋のあたりだった。それにちょっと前斉藤さんが岡田以蔵と相対しているゴエモンを見たって言ってたのも三条辺りだったから、その辺がねぐらなんじゃないかな?」
土方は考え込んでいる。
「突然どうしたんですか?またゴエモンを道場稽古にでも誘いたいんですか?」
沖田が軽口をたたく。
「馬鹿野郎!そんなことでいちいち副長助勤を呼び出すわけないだろう。山崎が人手を欲しがってんだよ。奴の仕事をこなせるような奴は剣客探すより難しいんだとよ。」
それを聞いて沖田は納得顔で言った。
「なるほどね。それならわかりますよ。確かに山崎さんの任務ならゴエモンが適任だ。」
「だろ。あいつが素直に言うことを聞くか分からんが、一度話してみたい。総司なんとかならんか?」
すると沖田はクスリと笑い、いたずらっ子のような目で土方を見やる。
「いいですけど~。その代わり、今夜の巡察、免除してくれます?」
土方は苦笑いした。
「痛い所つきやがるな。わかった!今夜の巡察、一番隊は俺が代わりに率いてやる。それでいいか?」
沖田は小躍りするような感じで答えた。
「勿論です!じゃあ早速俺はゴエモン探しに向かいますんで、後の事よろしくお願いします!」
そういうと飛び跳ねるようにして部屋を出て行った。
「ったく!あいつには敵わんな。」
土方は首を振った。
沖田は三条通に来ている。
「さて、人は多いけど、ゴエモンに偶然遭遇することは期待薄だな。手掛かりは...」
沖田はゴエモンと初めて話した夜のことを思い出していた。
「たしか辻斬りらしき浪人共から商家の主人を救っていたところだったな。あの時の主人名前なんて言ったかな...?」
辻斬りに商人が襲われる事件など町に溢れすぎていて、いちいち覚えていられないというのが実情だった。
沖田は頭を捻りながら通りの商家の看板を眺めながら歩き回る。
新選組の隊服を着ないで一人町を歩くのも新鮮な面持ちだった。
途中茶屋で団子を食べる。
すると後ろの方からヒソヒソと話す声が聞こえてきた。
「おい、あれ、新選組の沖田じゃないのか?」
「んなわけねえだろ。沖田が一人で昼間っから茶店で団子食うかよ。」
「それもそうか。あのへんてこな法被も着てねぇしな。」
そう言って笑う声。
(団子食ったら悪いのかよ…しかもへんてこな法被って…でもあの法被は確かに皆で着てないと恥ずかしいけど…)
沖田は内心の動揺を表さぬよう、無表情で団子を食べ続ける。
その時沖田の目の前を歩く、若旦那と従者。
「あ、あの時の商家!」
沖田は残りの団子を口に放り込み、茶で胃袋に流し込み慌てて後を追う。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
いきなり後ろから血相変えて走ってくる武士を前に身構える商人。
「な、なんですか?」
明らかに警戒している。
(やっぱりカッコ悪くてもあの隊服の効果は絶大だな。あれ着てれば何もしなくても誰かわかるからな...)
沖田は今更ながら新選組のイメージ戦略の大きさを悟る。
「すまん。脅かすつまりはないんだ。俺は新選組の沖田という者だ。」
「沖田はん?こないな昼間に、お一人で?隊服はどうされたんどす?」
当たり前の質問だった。
「今日は隊務とは別に人探しをしているんだ。俺が沖田だと言うのは信じてもらうしかないのだが、以前三条大橋のところであんたが辻斬りに襲われてた時、駆け付けたんだが覚えてないか。」
そう言われると河内屋新八郎はハタと思い出した。
「あぁ、ゴエモンはんの助太刀されとった。」
「そうだ。あの時はまだ壬生浪士組ができたばかりで、今と同じよう隊服は着ていなかったが。」
「確かにあの時の御方どすなぁ。あの御方が、今や京中に名前の鳴り響いてる沖田はんでいらっしゃったか」
河内屋はやっと警戒を解いた。
「それで、今日はどうされたんです?」
「そう、そのゴエモンの居所を知りたいんだが、何か知っているか?」
それを聞いて河内屋はまた少し警戒する。
「あのお方はうちの恩人どす。まさかとは思うけど、あのお方を斬らはるつもりじゃああらしまへんよね?」
沖田は苦笑する。
「斬るために探しているなら隊服着て、隊士引き連れて来ているよ。その逆。あいつにお願い事があるんだ。」
「それ聞いて安心しました。そやけど、どこに住んでるなんてことまでは知らへんのどす。ただ知ってる人は紹介できます。祇園の裏通りで”宵待”っちゅう小料理屋を営んでるお滝っちゅう女将どす。彼女やったら知ってる思いますえ。」
「宵待、お滝か…ありがとう。」
そう言うと沖田は足早に立ち去って行った。
風結び幕末編も長くなってきました。
これだけ書いてもまだ幕末の入り口ってところですが、この池田屋事件を書ききったところで一度休止させていただこうと思います。
なんせ幕末まで書こうと思ったらこれまでの倍以上書かなければならなくなるので、ちょっと一度構想をまとめる時間をいただこうと思います。
これから数話休止まで、幕末序盤のクライマックス池田屋事件をお楽しみください。




