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第67話 視線の正体

朝の井戸端会議を終え、千代が駆け足で家に飛び込んできた。


「どうした?」


樹之助が息を整えている千代に向かって心配そうに問いかける。


「また…あの目…」


「誰かに見られてるってやつか?」


千代は無言で二回首を縦に振る。


それを見て樹之助は外に飛び出す。


通りをジックリ眺める。


井戸端会議帰りの女たち。


玄関先で碁を打つ老人たち。


大八車に材料を積み込む大工と弟子。


変わったことは感じない。


だが、樹之助も何か違和感を感じていた。


「誰かいる…」


そんな気がしてならない。


その時 、「あ、やっぱりここか!」と聞き覚えのある声。


振り返るとそこには旅装の少女が一人。


「お前は!木葉(このは)…!?」


樹之助が目を丸くしている。


「ふふん、探したぞ〜。京都にいるってことしかわからなかったから。」


当時の京都は江戸、大坂に継ぐ大都会だ。


そんなところで、何の手がかりもなしに一人の人間を探すなんて、砂浜で小石を探す様なものだ。


「いや、それって不可能だろ…」


「ま、京都にはちょっとした協力者もいるので、そのツテは少し、ね」


木葉は笑顔で言った。


「でもそこまでしてどうしたんだよ?まさか、親父に何かあったのか?」


樹之助は急に不安が頭をよぎった。


「ううん。樹三郎さんは元気よ。記憶はあのまま。お父さんが無理に思い出させない方がいいって。毎日里の人と畑仕事に精を出しているわ。」


「そうか。元気ならそれでいい…」


樹之助は野良仕事をする父を思っていた。


「ところでさ…」


笑顔だった木葉が急に暗い表情になり、樹之助を睨む様に見つめてきた。


樹之助は嫌な予感がした。


「あの女…誰?」


樹之助は凍りつく。


「え…、あ、あれは…」


樹之助の腋(わき)に冷たい汗が滲(にじ)む。


「私というものがありながら…」


(待て待て、そんな話になったことないだろ!)


樹之助は内心叫びながらも、目はおよぎ口は半開きで声にならない言葉を発している。


その時


「あら、お客様?」


千代が出てきた。


(最悪!)


樹之助は頭を抱えたい気持ちだった。


「あなたのお友達?」


「あ、友達というか、その…」


樹之助がしどろもどろしていると、木葉が毅然(きぜん)と答えた。


「いいえ、友達よりもっと深い仲です。そういうあなたはどちら様ですか?」


敵意剥き出しだ。


千代も一瞬木葉の迫力にたじろいだが、すぐにキッとして答えた。


「あら、それは昔のことですわね。」


千代は遊女時代に鍛えられた人を手玉に取る話術を見せつける。


「申し遅れました。私、樹之助の女房の千代と申します。以後お見知り置きください、元深い仲のお嬢さん。」


口の端に笑みを浮かべながら、あざ笑うかのような口調。


女房の余裕というか、人生経験の余裕というか…


普段見せない千代の女としての強さを見せつけられ、樹之助も驚いている。


「女房!?ちょっと樹之助!どういうことよ!」


「だから、お前とそんな話になったことないだろ…?」


樹之助がやっと口を開く。


「…どうだか?」


千代が横目で樹之助を睨む。


「ちょっ、千夜までなんだよ!」


樹之助が動揺する。


「ま、こんなところで痴話喧嘩(ちわげんか)してたらご近所の笑い物ですから、どうぞお入りください、お嬢さん。」


そう言って千代は家に誘(いざな)った。


(千代って、怒らせたら怖いかも…)


樹乃助は身震いしながら、千代の後に続いた。



・・・・・


四半刻ほど過ぎたころ


「あははは」

「キャハハ」


樹之助宅から若い女の明るい笑い声が漏れてくる。


朝、樹之助を挟んで女同士で言い合いをしていたのを見た近隣の住人が、樹之助の家の側で聞き耳を立てていた。


「なんや、仲良しやないか」

「樹之助はんに限ってお千代ちゃん裏切ることなんてありえんわ〜」

「アホらし、帰りまひょ」


そう言って野次馬たちは解散していった。


「それでね、樹之助ったらウチらが遊びながら走ってるのに、ついてくるのやっとだったんだから。」


「まぁ、樹之助様がついていけないなんて、木葉さん達は凄いんですね。」


「当然!ウチらは子供の頃から走ってるんだもん。山の地形どころか、どこに何の動物の巣があるかまで知ってるよ!」


「経験と探究心ですね。」


千代と木葉は互いに理解しだすと急に長年の親友の様に打ち解けだした。


もう樹之助は蚊帳(かや)の外だった。


(女心って本当にわからん…)


樹之助はヘラヘラと愛想笑いしながら、突然また火の粉が飛んでこないことを祈っているだけだった。


「それで、木葉さんのお姉さん達は?一緒に京まで来てらっしゃるの?」


それは樹之助も気になっていたところだった。


(さすが千代、いい事聞いてくれる)


瞬間、木葉が少し怯(ひる)んだ。


「あ、いや、お姉達は里で留守番…」


それに違和感を感じた樹之助が口を挟む。


「木葉、お前何しに京まで来たんだ?何かの任務なら、末っ子のお前じゃなく木立(こだち)あたりが来るだろ?」


「そ、そんな事ないよ。もう私だってちゃんと何でもやれるから、父(とと)の使いで…」


かなり焦っている。


千代も樹之助に目配せしてる。


樹之助も頷く。


「木葉…」


樹之助が木葉を見つめる。


「お前、家出してきたんだろ?」


木葉はハッとして樹之助を見た後、俯(うつむ)き、小さく頷いた。


「どうしてですか?樹之助様の事は方便ですね?」


千代が優しく問いただす。


「それは全てが方便じゃないけど…」


木葉の声が沈む。


やや間があって、木葉はポツポツと話し始めた。


「樹之助が里に来て、初めて外部の同じ年頃の男の人と接したら、なんだか自分が山の中の事しか知らないんだなって…」


また少しの間が開く。


「樹之助がカッコよく見えた。男としてってより、人として、忍びとして…いろんな経験して、色んなものと戦って、自分の道を探していて…」


頷(うなず)きながら千代が樹之助を見ている。


「私は、あそこで生まれたから、そこで一生暮らすことに何の疑いも持ってなかったんだけど…」


木葉が顔を上げる。


「私も、色んな経験して、自分の生き方探したいって。そう思うようになったら、もう居ても立っても居られなくって、気が付いたら里を飛び出してた...」


しばしの沈黙が流れる。


その沈黙を破ったのは千代だった。


「私も、家の借金のカタに売られて、樹之助様に助けられて、その後も色々あって、辛い人生だった。でも、色んな経験した事で、今の私があって、そして今の私は…」


言いながら樹之助をチラリと見てから木葉に視線を移す。


「…幸せです。」


樹之助は腕組みして聞いていたが、ようやく口を開いた。


「お前、ここ以外に住むアテもないんだろ?」


木葉は小さく頷く。


樹之助は息を吐く。


「お前の気持ちは良くわかる。だけど、このままじゃダメだ。一度里に戻って、勘介さんと日向(ひなた)さんに今のお前の思いをちゃんと伝えてこい。その後なら、考えてやってもいい。」


そう言って千代を見ると、千代も微笑み返してくれた。


「勘介さんには俺からも手紙を書く。それを持って、ちゃんと両親を説得してから出てこい。いいな!」


樹之助がそう言うと、木葉に笑顔が戻った。


続けて千代が声を張る。


「それじゃあ、せっかく京まで来たんですから、美味しい物食べにいきましょうか?」


千代が言うと、木葉が無邪気にはしゃぐ。


「やったー!千代姉さんわかってる〜!」


「え、姉さん?」千代が驚いている。


「うん!同じ男を好きになった姉妹だよ!」


木葉は恥ずかしがる事なくサラリと言ってのける。


千代もクスッと笑うと 樹之助は、またその話題になる事を恐れ立ち上がる。


「さ、出かけるぞ!何食べたいんだ?」


「千代姉さんのおすすめは?」


「そうね〜。やっぱりあんみつかな。」


「それいい!田舎じゃ絶対食べられない!行こう行こう!」


木葉が先頭に立って玄関を飛び出す。


樹之助と千代は互いに微笑み合いながら、その後に続いた。


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