第63話 あんみつ
「樹之助様!」
以蔵が捕らえらて行くのを見つめる群衆の中から、千代が走り寄ってきた。
「ばか!こんなところに来るなよ!」
千代は樹之助にすがり首を振る。
「だって、あなたにもしもの事があったらと思うと、家でじっとなんてしてられなくて...」
「すまなかったな。俺だって千代を残して死ぬつもりはない。千代と一緒になる前は死んでもいいってどこかで思っていたけど、今は違う。何としても生きて帰る。」
樹之助は涙を流す千代に優しく微笑んだ。
「絶対よ...」
千代が樹之助の手を握りしめた。
家路につこうと顔を上げた時、樹之助に近づく男が視界に入った。
浅黄色のだんだら。
今や京都で知らぬ人がいない新選組の隊服だ。
「あんたは確か、斎藤...」
「なかなかの度胸だな。腕前はともかくあの化け物相手に向かって行く気組は大したもんだ。」
新選組三番隊組長斉藤一は喜怒哀楽を示さない能面の様な表情で言った。
「来てたんなら手助けしてくれても良かったんじゃねぇか?危うく死にかけたんだぜ。」
樹之助が不服そうに言うと、斉藤は眉一つ動かさず答えた。
「俺たちが駆け付けた時は既に奉行所の捕り方が到着していた。それに、放っておいても死なないだろうと思っていたしな。」
「ったく。新選組ってのは性格の悪い奴しかいないのかよ...」
樹之助は沖田や土方を思い出しながらボソリといった。
「お人よしじゃ生き残れん。」
斎藤は短く、キッパリと言い放った。
「ま、それはそうだな。」
「組内でも薩摩の中村半次郎、土佐の岡田以蔵、こいつらだけは無駄な戦闘は避けよとお達しが出ている強者だ。それに向かって行った勇気だけは褒めてやる。」
斎藤が初めて目じりを下げた。
「それ知ってりゃこっちだって進んで相対していないぜ。飛び込んだ先が猛獣の巣だったってだけだ。」
樹之助の言い方がおかしかったのか、斉藤はプッと初めて笑った。
「まぁ命があって良かったな。可愛い内儀の為にも無茶はほどほどにしとけ。」
そういうと斎藤は隊をまとめて立ち去って行った。
「優しそうな人ですね。」
千代が皆が思っているのと真逆の事を言った。
近くの鬼松と岩蔵も驚いている。
「優しい...?」
「あの能面のように無表情な壬生狼が?」
「そうですか?とっても樹之助様を心配しているのが見えましたよ。不愛想だけど、言葉に嘘が無い方って感じ。」
樹之助は千代の人を見る目に感心していた。
(確かに。二重人格のような沖田や常に計算高い土方に比べりゃ、生一本な性格が見える。千代の奴大した相場眼だぜ。)
「腹減ったな!なんか食って帰るか!」
樹之助が言うと鬼松と岩蔵が小躍りした。
「やった!兄貴のおごりだ!」
しかし千代がピシャリと遮る。
「ダメです!無駄遣いする余裕はありません。あなた、その服も袴も破れてボロボロなんですけど。そこまでいくともうお直しできません。」
鬼松が引き気味に言う。
「可愛い顔して言うことしっかりしてるわぁ。こりゃ樹之助が頭上がらないわけだ...」
千代が鬼松に向き直る。
「鬼松さん。何か仰いましたか?」
刺すような千代の目線を受け、鬼松はしどろもどろしている。
「い、いや。奥方、俺たち二人先帰りますんで…さいなら!」
そう言って二人は逃げるように帰って行った。
それを見送りながら千代はクスっと笑うと、樹之助の腕に手を絡ませた。
「さ、何食べましょうか?」
「え、さっきは無駄遣いって...」
「ふふ、あれは、せっかくあなたと町に出てきたのにお二人に邪魔されたくなかったから。ちょっと意地悪言ったんです。」
そういってほほ笑む千代。
樹之助は思い出した。
お滝が言っていた言葉。
「男を転がす魔性の笑顔...」
「え、何か言いました?」
千代が振り向く。
「い、いや、何でもない!」
「私、あんみつが食べたいです!」
キラキラの笑顔で樹之助を見る。
(俺も転がされている一人か...)
樹之助は自嘲気味の笑みをたたえながら言った。
「よし、今日は何でも好きな物食べさせてやる!」
「やったー」
二人は激闘の後だということなど忘れたかのように。弾むような足取りで通りを歩いて行った。




