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第6話 遭遇

夜の京


昼の喧騒(けんそう)が嘘のように、人影はまばらだ。


近頃は“天誅(てんちゅう)”や“辻斬り”が横行し、日が落ちてから外を歩く者はめっきり減っている。


もっとも


それを気にしない手合いもいる。


剛毅な武士か、豪胆な町衆か。

あるいは、闇に生きる者か。


樹之助は建物の影に身を溶かし、通りの気配を窺っていた。


風の忍びを継承した訳じゃない。

だけど、身に着けた技を使ってどう生きるかが決まらない。


そんな悶々とした思いを抱えながら、樹之助は町に出て世の中の状況を眺めることが日課になっていた。



そのとき、西の方から軋むような音が近づいてくる。


辻駕籠(つじかご)だ。


三条大橋に差し掛かる手前


暗がりから、布で顔を覆った浪人風の男たちが四人、音もなく躍り出た。


行く手を塞がれた瞬間、駕籠かきたちは悲鳴も上げずに籠を捨て、蜘蛛の子を散らすように逃げ去った。


残された駕籠の簾が揺れ、中から壮年の男が姿を現す。


町人風の身なり。


浪人たちは何かを(わめ)きながら、一斉に刀を抜いた。


その刹那(せつな)


闇が動いた。


樹之助は地を蹴り、背後から最も手前の浪人へ一直線に踏み込む。


走りながら放った棒手裏剣が、背中に深々と突き刺さった。


男が声もなく崩れる。


不意の襲撃に狼狽した残りの三人。


その隙に樹之助は駕籠の男の腕を掴み、細い路地へと押し込んだ。


「こら、待てい! 貴様、幕府の犬か!」


背後から怒声が飛ぶ。


樹之助は振り返りもせず、短く答えた。


「野良犬さ…」


路地の入口で足を止める。


ここなら囲まれない。


相手は常に正面の一人だけ。


踏み込んできた浪人の刀を、樹之助は左手のサイで受けた。


金属が(きし)む。


三つ叉の鉄が刀身を絡め取る。


間髪入れず、もう一振りで叩きつけた。


ぐにゃり、と刃が歪む。


驚愕(きょうがく)の表情を浮かべた男の太腿へ、鋭い一撃を突き込む。


骨に当たる鈍い感触。


男は絶叫し、膝から崩れ落ちた。


次の一人が間合いを詰める。


樹之助は懐から粉を掴み、顔面へ叩きつけた。


砂と香辛料を混ぜた目つぶし。


男は悲鳴を上げ、目を押さえたまま闇雲に刀を振るう。


その横面へ、鋼鉄の塊が叩き込まれた。


鈍い音とともに、意識が刈り取られる。


残るは一人。


明らかに、これまでとは気配が違った。


男は正眼に構え、じりじりと間を詰めてくる。


無駄がない。


研ぎ澄まされた刃のような気配。


「変わった得物だな。何者だ」


低い声。


樹之助は答えず、わずかに後退する。


先に逃がした男は、もう遠くへ去っているはずだ。


「ちっ…逃げられたか。まあいい」


男の構えが変わる。


突きに特化した、鋭い構え。


樹之助の脳裏に、かつて見た剣がよぎる。


あの男の突き。


(あれほどなら、避けられない……)


視線が、切っ先に吸い寄せられる。


その瞬間—


男が地面を蹴り上げた。


砂が舞う。


反射的に意識が逸れた刹那。


一直線の突きが、喉元を貫かんと迫る。

速さは無いが、気を()らされた分対応が遅れた。


(まずい)


避けきれない。


そう思った瞬間だった。


風が鳴った。


男の動きが、不自然に止まる。


次の瞬間、膝から崩れ落ちた。


静寂。


何が起きたのか、わからない。


樹之助が呆然と立ち尽くしていると、路地の入口に一人の武士が立っていた。


小柄な体躯、と思っていたが、近くで見ると細身だが結構背が高い。


だが、その(たたず)まいは異様なほど静かだった。


「沖田…」


思わず口をついて出る。


「へぇ。俺の名前、知ってるんだ」


沖田は、軽く首を(かし)げて笑った。


「京には来たばっかりなんだけどな。俺結構有名人?」


人懐こい声音。


「でも、そうなると土方さんの宣伝が効果有ってことか…それもなんだか(しゃく)だな...」


沖田は独りで笑ったり怒ったりしている。


だが、その目だけは笑っていない。


底の見えない冷たさ。


幾人もの命を断ってきた者の眼だ。


「ところで君は誰かな? 変わった武器を持ってるけど…危ない一味じゃないよね?」


その視線が、樹之助を射抜く。


口をつぐみ沖田の冷たい視線に耐えていた時、


「あの方が助けてくれたんです!」


先ほどの商人態の男が、奉行所の役人を引き連れ駆け戻ってきた。


沖田は一瞬だけ視線を向け、ふっと笑う。


「へぇ、そうなんだ。じゃあ今夜は見逃してあげるよ。」


刀の血を懐紙(かいし)で拭いて、音もなく鞘に収める。


「名前くらい、教えてくれるかな?忍び君。」


心臓が、強く打った。


忍びという言葉。


それを知っているのか。


しばし沈黙が続く。

樹之助は意を決して口を開いた。


「…ゴエモン」


「ゴエモン?歌舞伎かよ…」


沖田は声を出して笑った。


「面白い奴。まぁいい。覚えておくよ。」


沖田は背を向けると、部下と役人に倒れた浪人たちの処理を命じ、何事もなかったかのように歩き出した。


その背を見送りながら、樹之助はようやく息を吐いた。


(…なんだ、あの男は)


穏やかな笑みと、凍るような殺気。


相反するものが同居している。


遅れて、全身に震えが走った。


樹之助はその場に立ち尽くし、しばらく動くことができなかった。


同時に、


咄嗟(とっさ)の事とはいえ、なんでゴエモンなんて名乗っちまったんだろう...)


無意識に出た先祖の忍び名。

樹之助は自分で自分がわからなかった。


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