第57話 松原忠治
新選組道場
稽古を終えた隊士たちが汗を拭きながら壁際に寄る。
中央には二人。
松原忠司
背はさほど高くない。だが肩幅が広く、首が太い。衣の上からでも鍛え抜かれた体つきがうかがえる。
向かいには樹之助。
細身でまだ少年っぽい面影が残る。軽く膝を屈伸し、準備に余念がない。
土方が口を開く。
「ウチの稽古は何でもあり、手加減無用だ。但し急所だけは避けろ。勝負は降参するか、首を切られたら負けだ。」
二人は無言で頷く。
「では始め!」
土方が声掛けると、二人は身構える。
樹之助は正面の松原を見た。
どっしりとして、大地に根が生えている様な重みがヒシヒシと伝わってくる。
(これは…正攻法じゃ敵わないだろうな。相手の出方窺う意味でも一本捨てるか…)
腹を決めると樹之助は素早く松原の懐に飛び込む。
「お、速い!」と言う声が飛ぶ。
(まだまだ半分だって…)
樹之助は内心呟きながら、相手の襟を取りに行く。
「掴んだ!」
思った瞬間、樹之助の風景は一回転した。
頭を打ち脳震盪で意識が飛ぶ。
・・・・・
「……モン、ゴエモン!」
(沖田の声だ…)
そう思った瞬間、樹之助はガバッと起き上がった。
「良かった!目が覚めたね。」
沖田が胸を撫で下ろしてる。
「大丈夫か?もう辞めておくか?」
土方が聞く。
「いや、大丈夫…やれる」
そう言って立ち上がる樹之助に、松原が近づき胸ぐらを掴む。
「お前、人を試そうなんてナメた真似してくれるな。次は脳震盪くらいじゃ済まねえぞ!」
(やっぱりバレてるか。さすが柔術師範)
樹之助は苦笑いしながら頭を下げる。
「今のでわかったよ。中途半端は通じないって。」
土方が再び声をかける。
「それじゃ続きを始めるぞ!」
皆が道場の端に退く。
「始め!」
その声と同時に今度は樹之助が一気に飛び込む。
「あいつ、さっきよりはぇえ!」
皆が驚きの声をあげる。
樹之助は両手刈りを狙い松原の足に飛びつく。
だが、松原はそれを見切り、腰を引き上から押さえにかかる。
体格差は歴然で、樹之助はまったく身動きできない。
松原は上から体重をかけつつ、樹之助を締め落とそうと力づくで首筋から顎に手を差し入れようとしてくる。
だが、次の瞬間、松原が悲鳴をあげ体を離した。
皆何が起きたかわからず呆然としている。
樹之助はゆっくり立ち上がりながら口を開いた。
「参ったじゃないけど、今の悲鳴は俺の勝ちでいいのかな?松原さん。」
樹之助が皮肉を込めた笑みを投げかける。
「ああ。あの死に体の姿勢から指の関節を極めやがって。油断した。」
皆やっと何が起きたか合点がいった。
「それじゃあ次で決着だ。始め!」
土方が声かけると、今度は松原が前に出る。
ゆっくりと、前に押し出してくる圧力に樹之助はジリジリと下がる。
(マズいな。こういう相手にはじっくりと出られるのが一番やり難い。)
もうさっきの手は通じない。
動き回り撹乱したいが、前に出る圧力に動く空間が限られてしまっている。
為す術なく樹之助はガッチリと襟袖を取られる力任せに振り回される。
瞬間袖がビリッと音を立てて半分裂けた。
(あ、下ろしたばかりなのに、千代に怒られる!)
樹之助は圧倒的不利な状況より、頬を膨らませて怒る千代の顔が頭に浮かんでいた。
松原は間髪入れず、そのまま大外刈りで樹之助の頭を床板に打ち付けにくる。
誰もが松原の勝ちを確信した。
ズターン!
道場に轟音が鳴り響いた。
だが、床に叩きつけられているのは、樹乃助の袖のちぎれかけた上着だけだった。
次の瞬間樹之助は肩車の要領で松原の肩に乗り、その首を捻じ切る体制を取っていた。
「このまま捻じ切る事もできるが、大事な新選組の戦力なんだろ?参ったしてくれるかな?」
樹之助が冷たく言い放つ。
松原は観念し、ゆっくり言った。
「ま、参った…」
土方が大声で告げた。
「勝負あり!」
見物していた隊士から感嘆の声が上がる。
「あいつすげえな!」
皆が口々に言ってる時、樹之助は破れた上着を手に取り嘆いていた。
「千代~、ごめんよ〜」
【松原忠治】新選組四番隊組長、柔術師範 1863年新選組の前身壬生浪士組最初の隊士募集に応募してきた。温厚な性格で壬生の人々からは「親切者は山南、松原」と言われていた。




