第56話 新選組屯所
壬生村 八木邸
言わずと知れた新選組の屯所。
(壬生寺までは何度か来たけど、屯所の門くぐるのは初めてだな…)
八木邸の大きな門には
「会津藩御預新選組屯所」と大書された看板が備え付けられている。
門の前には抜身の槍を構えた番卒が仁王立ちしている。
樹之助を見かけるや
「何用か!」
と大声で問いかけてくる。
「祇園の山城屋の使いの者です。こちらの方に年末の売掛金回収に...」
「貴様!尽忠報国の勤めを果たす新選組に借金の取り立てに来たと申すか!?」
相手の領域ではあるが、なんで借金をしている側に威張り散らされなければならないのか、樹之助はだんだん腹が立ってきた。
「尽忠報国だろうがなんだろうが、借りたものは返すってのが道理だろ?会津様の看板掲げて、そんな不義を働くなんて、あんまり利口なことだとは思えねぇな。」
樹之助はニヤリとして言う。
「貴様、ここがどこだかわかって愚弄しているんだろうな。我ら不逞の者を斬り捨てても構わんというお許しをいただいていること、知らぬわけではあるまい。」
番卒は槍を樹之助に向けてくる。
瞬間、樹之助は地を蹴り、相手の懐に入るや水月に強烈な手刀を見舞った。
番卒は息が詰まり、その場にうずくまった。
「よし、腕は鈍ってないな。最近あまり実戦やってないからな...」
樹之助は満足そうに言いながら八木邸の門を潜った。
玄関に入っても誰もいない。
「こんちは~!誰かいませんか~?」
叫ぶこと数回。
奥から足音が聞こえてきた。
「誰だ、うるせぇな。番卒は何やってんだ?」
そういいながら出てきたのは間違いない。
(……土方)
樹之助は真顔になった。
土方も樹之助に気付いた。
「…お前は。どうやってここまで入ってきた。番卒がいたろう。」
「あぁ。あんまり威張り散らしてるから、軽く撫でてあげたらうずくまって動かなくなったぜ。もうちっとマシな番卒立てるんだな。」
樹之助は不敵に笑った。
「ったく...あいつ後で説教だな。」
土方は苦々しい顔つきで続けた。
「それで…何の用だ?」
「あ、山城屋の売掛金を回収に!」
樹之助は本業を思い出し、商人スマイルに変わった。
「売掛?誰だそいつは?」
「えっとですね、粕谷…新五郎さん?いらっしゃいます?」
その名を聞き、土方は一瞬固まったが、すぐに口を開け笑い出した。
「ア、ハハハ!」
樹之助は思いもよらない反応に面食らった。
「何だよ?何がおかしいんだよ?」
少しむくれた感じで聞くと土方は笑い止んだ。
「残念だな。お前さんら騙されたんだよ。粕谷は確かに浪士組創設の頃の隊士だったが、すぐにどこかに行方をくらませちまったんだ。」
樹之助は開いた口が塞がらなかった。
「しかし、野郎め。最近新選組の名が売れてきたことをいいことに、俺たちの名前でタダ酒飲んでやがるのか。」
そう言って悔しそうな顔をしている。
「というわけでな、お前には悪いが借金の主はここにいねぇんだ。諦めてくれ。」
土方は勝ち誇ったような笑みを見せる
本人がいないんじゃあどうしようもない。
樹之助は渋々同意した。
「しかたねぇ…ありがとよ。」
そう言って玄関を出ようとする樹之助を土方が呼び止めた。
「おい、せっかく壬生くんだりまで出向いて来たんだ。ちょっと遊んでいけよ。」
思いがけない誘いだった。
「お前が忍びというのは沖田から聞いてんだ。退屈はしねぇと思うぜ。」
そう言うと土方は框から降りてきて、草履をつっかけた。
「来いよ」
そう言って八木邸の門を出る。
その際、番卒の若い隊士に一括した。
「不審者に倒される番卒があるか!」
若い隊士は直立不動で動けないでいる。
「士道不覚悟!切腹だ!」
番卒も、樹之助も目を見開き驚いている。
樹之助は思わず口を挟んだ。
「あれは、不意討ちだったし…切腹なんて...」
番卒は震えあがっている。
「ばーか。冗談だ。相手が悪かったな。今度から気をつけろ!」
そう言って土方はスタスタと歩き出した。
樹之助は若い番卒と目で微笑み合った。
土方は直ぐ斜め向かいの前川屋敷に入って行く。
「ここが新選組の稽古場だ。」
中から撃剣の音、気合の声が聞こえてくる。
道場が見えると、一人の師範が鬼のような厳しい稽古をつけていた。
「あ、沖田...」
樹之助が言うと土方は呆れたような声音で言った。
「あいつ普段はガキのようにのほほんとしてるんだが、稽古になったら人変わりするんだ。隊士の間じゃ沖田の稽古番の日は地獄って評判なんだぜ。」
道場の稽古が一息つくと、土方は樹之助に向かって言った。
「どうだ。お前もやってみないか?」
沖田が樹之助に気付いた。
「あ、ゴエモン!やろうやろう!」
だが樹之助は剣では剣客に敵わないことを柳生で思い知っている。
「剣では敵うわけない。やめておくよ。餅は餅屋だ。」
「ま、そりゃそうだな。だが、新選組は剣だけじゃない。組手の立ち合いでもいいぜ。」
土方が口角を上げ視線を寄越す。
別にやらなくてもいいのだが、樹之助もなんとなく実戦を遠ざかっているので腕試しがしたくなった。
「そこまで言うなら受けて立つぜ。」
樹之助が腕をまくる。
「じゃあ俺やる!」
沖田が嬉しそうに手を上げたが、土方は
「お前じゃダメだ。剣じゃねぇからな。」
と即座に却下した。
そして、稽古場の端にいた一人の隊士に声をかける。
「松原君。君が相手したまえ。」
松原と呼ばれた男は短く「はい」と答え道場の真ん中に進み出た。
道場のそこかしこからヒソヒソと話す声が聞こえる。
「あんなひょろい若造風情に柔術師範かよ」
「あいつそんなやり手なのか?」
どうやら徒手空拳では新選組の中で腕利きらしい。
強敵相手だというのに、樹之助の胸は高鳴りを押さえることができなかった。




