第52話 洛北にて
京都郊外洛北
樹之助は先日宵待で会った蘭方医山中静逸とその小者匠太と連れ立ち歩いていた。
京都と言ってもこの辺りは草深く、民家もまばらな寂しい地域だった。
「このあたりは初めてかい?」
静逸が気安く声かけてくる。
「あまり馴染みはねぇな~」
樹之助も辺りを見回しながら答える。
聞こえるのは鳥のさえずりと風に鳴る木々の音だけ。
「なんか、伊賀の山奥みたいだ...」
樹之助がポツリと呟くのを静逸は聞き逃さなかった。
「樹之助君は伊賀の出なのかい?」
聞かれて樹之助はハッとした。
自分が呟いた意識もなかったからだ。
「あ、いや、生まれも育ちも京だ。だけど、先祖が伊賀に所縁があるって...」
「そうか。僕の祖先も大和出身だって聞いたことがある。ずいぶん昔の話みたいだけどね。」
そんな四方山話をしながら歩いている時、樹之助は木々のざわめきに不自然な音が混じっているのを聞き分けた。
先頭を歩いている静逸の肩を掴み、振り向いた静逸に目で止まるよう合図する。
静逸も樹之助のただならぬ雰囲気を察し無言で頷く。
静逸に代わり前に進み出た樹之助は、山道右斜め前の大木あたりに、人の気配を感じた。
(刺客か?何人いる?)
樹之助は静逸と匠太に手でここに留まるよう合図した。
そして自らは、護身用に持ってきたサイを懐に握りながらゆっくり大木に近づく。
案の定、大木の陰から三人の覆面姿の男が躍り出てきた。
「どこへ行く?」
「医者の往診だ。」
そう言って、樹之助は後方に控えている静逸を顎で指した。
「この先にある家は、国賊の家だと知ってのことか?医者とは方便で、貴様ら開国派の謀反人どもであろう!?」
先頭の男がそう言うと、残りの二人も刀を抜いた。
(やっぱり危ないやつらか...)
樹之助は、先頭で斬り込んでくる男の刀を左手のサイで受け、右手のサイを叩きつけねじ曲げた。
続けて切り込んでくる男の刀は右手のサイで受け、それを鍔元まで滑らせひねり上げ、かからめ取った。
最初に口を利いてきた男は、樹之助の早業に驚き立ちすくんでいる。
「まだやるか?いつでも殺せるぞ?」
樹之助が目を細め凄んで見せる。
刺客三人は慌てて反対方向へ駆け下って行った。
その様子を見ていた静逸が感嘆の声を上げながら山道を登ってきた。
「見事な腕前ですね。ご先祖が伊賀…そう言うことでしたか...」
静逸は樹之助の持つサイを見つめてほほ笑んだ。
「このことはご内密に。今はただの庶民なんで。」
そう言うと二人はにやりと笑った。
「この先のお宅に住まわれる方は敵が多いのです。特に攘夷派の連中には手を焼いているのです。」
(なるほど、刺客は自分たちではなく、この先の住民を襲おうとして準備していたのか。)
樹之助は納得した。
「私も命拾いいたしました。さ、もう坂を下れば目的地です。急ぎましょう。」
今度は樹之助が警戒のため先頭を歩いた。
「ここです。」
辿り着いた建物は茅葺屋根の質素な平屋建て。
周りを生垣で囲っている。
庭には野菜が植えられ、鶏が数羽放し飼いにされている。
玄関脇には犬もいて、樹之助らが近づくと警戒の唸り声をあげている。
一見すれば農村の名主の家と言った感じで、とても過激派の志士に狙われるような人物の家に見えない。
樹之助があたりをキョロキョロと見回していると、奥から作務衣姿の壮年の男がでてきた。
「おお、静逸先生。今日は往診日やったか。せっかく来てもらったけど、体はすこぶる快調や。田舎暮らしは体にいい。」
そう言って豪快に笑い飛ばす。
「それは結構なことです。ですが念のため奥で脈など取らせていただきます。」
静逸が言うと、男は「うむ」と言って戻りかける。
その時、樹之助と目が合った。
そして静逸に問う。
「そこの若者は?」
「あぁ、ご紹介が遅れました。京の市井の者で石川樹之助と申す者。庶民に珍しく外国の事、国の事を考える若者です。先日私に教えを乞うて来たのですが、私より適任な人がいると、本日お連れした次第です。」
それを聞き男はあらためて樹之助をジッと見つめ、すぐ静逸に視線を移した。
「静逸先生、隠棲してるとはいえ、一応儂は公卿ぞ。こんな草莽の者と口をきく立場ではない!」
真顔で言っている。
樹之助は場違い感を感じ
「あ、それじゃあ俺は失礼します」
と言って帰りかけた。
「あ、待ちなさい!岩倉様、戯言が過ぎますぞ。卿のような殿上人と話すことが無い者なのですから、戯言が戯言として通じないのですぞ。」
静逸があわてて樹之助を止めるの見て、男も大声で笑った。
「すまんすまん。純真な若者を見るとな、つい意地悪したくなるのよ。」
「卿の悪い癖ですぞ。特に有望と思える者ほど悪戯したがるのは。」
「ふふふ、田舎で退屈している者の戯言だと思って許してくれ。わしは岩倉具視。元は公家だが、今は田舎の隠居親父よ。」
樹之助は初めて会う公家の物言いがあまりにくだけていることに驚き、どう口をきいていいのかわからず、ただただ戸惑っていた。
【岩倉具視】(いわくら ともみ)
幕末の朝廷で活躍した公家 時勢を読み公武合体を唱え皇女和宮降嫁に尽力した。それゆえ過激攘夷派から反感を買い、攘夷派の公家らに追い落とされ失脚する(文久2年)。その後洛北・岩倉村で隠棲したが、その間も薩摩藩などと密かに連携を図り、裏で政に暗躍していた。慶応3年(1867)に政界へ復帰。討幕の中心人物として薩長土と共に戊辰戦争を先導。維新後は政治改革を進め、明治政府の礎を築いた。




