第47話 覚悟
翌日の壬生寺
樹之助は遠く土塀越しに様子を覗っている。
中では新選組隊士はじめ会津藩重役、幕府役人などが集まり、新選組筆頭局長芹沢鴨と同時に殺された副長助勤平山五郎の葬儀を営んでいる。
近藤が弔辞を読む。
「尽忠報国の士、芹沢局長の意志を継ぎ、新選組一同先生の残された誠の旗の下一意専心任務を遂行して参ります。」
無骨ながら朗々と読み上げるその声は、寺の外まで響き渡った。
(恐らくやったのは土方達。白々しいもんだ…)
樹之助は鼻白む思いで聞いていた。
葬儀が終わり、弔問客も帰った境内に土方が一人残っていた。
樹之助が近づくと、土方は無言で立ち去ろうとする。
「あの日の言葉忘れてないぜ。あんた泥を啜ったんだな...」
土方は答えない。
ただ真っ直ぐ前を見て歩き去る。
それはもう引き返せない道を歩み始めた男の覚悟がにじみ出ていた。
「見せてもらうからな。この先あんたがどんな誠を世に示すのかを。」
土方と入れ替わるように、沖田が境内を進んでくる。
いつに無く沈んだ暗い目をしていた。
「沖田...」
声を掛けやっと樹之助に気付いた。
「や、やぁ。ゴエモンか…どうしたんだい?」
力ない作り笑いを浮かべる沖田。
「散歩だ」
樹之助がボソリと言う。
「いいね、君は。いつも余計なことを言わない。」
沖田が寺の石段に腰を下ろす。
樹之助も座る。
「…芹沢さんはね、可愛い人だったよ。」
「可愛い...?」
おおよそあの怪物に似つかわしくない言葉に樹之助は動揺した。
「うん。あの人すっごく臆病で気が小さい人だった。それを誤魔化すためいつも酒を飲んで、自分を大きく見せていたんだ。」
樹之助の知らない芹沢の一面だった。
「半年くらい一緒にいた俺たちでも、芹沢さんがしらふの姿を見たのは一度か二度だったよ。」
沖田が溜息をつく。
「そんな時の芹沢さんはね、目が虚ろで、無口なんだ。でも、よく絵を描いてた。きっと酒が無ければ言葉を発するのが怖かったんだろうね。」
「沖田…あんたは芹沢と一緒に大和屋の蔵を焼き討ちしてたな...」
「あぁ、あれね。見てたんだって。土方さんが言ってたよ。どう思った?」
「はじめはまさかお前がって思ったよ。芹沢って奴の指示で止むに止まれずなのかってな」
「今は違うのかい?」
「あぁ。違うだろ?そうじゃなきゃ仮にも仲間を殺れはしない。」
樹之助がじっと沖田を見つめる。
沖田はくっくと声も無く笑い出すと、段々それは高笑いになった。
「そうさ。俺たちは皆同じさ。腕っぷしだけで成り上がりたい田舎者。地位も、名誉も、家も何も持たない浮浪の集まりが、どうやったら都で認められるか、そればかり考えてやって来たのさ。」
沖田の顔に見たことの無い狂気の色が浮かんでいる。
「会津候お預かりの市中警護なんて名ばかりさ。手当はその辺の大工の日当と変わらない。剣が欠けても研ぎにも出せない薄給で命張れって言われて、斬り合いの日々。それでいて京の町衆からは人斬りと蔑まされて...」
沖田は息も継がずに一気にまくしたてると、一息大きく深呼吸をした。
「地獄だよ…京都は...」
樹之助は黙って聞いている。
「だけど、俺たちはもう引き返せない。この地獄で血みどろになりながら進んでいくしかないんだ。たとえそれが仲間を斬ることでもね。」
沖田の瞳が鈍く光る。
「芹沢さんは長州の賊に殺されたんだ。俺たちは芹沢さんが被ってくれた汚名を無駄にすることなく、真の武士団に生まれ変わる。」
そう言うと沖田は立ち上がり、袴の裾を払い、樹之助に向けて手を差し出した。
「君も来ないか、ゴエモン。新選組には君の能力を生かせる場所がきっとあるよ。」
樹之助はジッと沖田を見つめる。
「お前の気持ちはわかるが...」
そう言って樹之助は、沖田の差し出す手を取ることなく立ち上がり裾を払う。
「今の俺には何が正しいかわからない。だからお前たちと行くのが是か非かもわからない。」
それを聞くと沖田はいつもの人懐っこい笑顔に戻り手を引っ込めた。
「そっか。よく考えて結論だしてくれよ。」
そう言って沖田は石段を下りて行ったが、ふと途中で立ち止まり振り返った。
「でも、敵にはならないでね。」
そう言ってほほ笑むと、小走りに寺を後にしていった。
樹之助はその後ろ姿を見送りながら、これから土方や沖田が歩むであろう修羅の道を想像していた。




