第45話 密談
九月某日
土方は近藤を先斗町の座敷に連れ出した。
膳を平らげ、しばし無言で盃を交わす。
「…やるのか、歳」
近藤がボソリと問う。
「上意だ。やらねばなるまい。」
土方が返す。
「で、いつだ。」
「十八日。先の御所での戦勝祝いの夜。」
「誰がやる?」
「これは絶対に信頼できる面子でやらなきゃならん。計画が漏れたら全てが終わりだ。」
近藤が頷く。
「絶対に信頼できるのは試衛館の面々だ。俺、総司、源さん。」
「それだけでは仕損じる可能性もある。芹沢は怪物だ。俺も加わろう。」
近藤がそう言うのを土方は厳しい口調で諫めた。
「ダメだ!あんたは手を汚しちゃいけない。新選組はこれを機に生まれ変わる。真の武士の集団にな。」
土方の口調が熱を帯びる。
「武士は主君の為死ぬるを本望とする。だが俺たちは主従の関係じゃない。下手すれば野合の集団になる。それをまとめるのは規律と情だ。」
近藤は黙って聞いている。
「主君なき武士団を統率する情の部分、それを担うのが近藤勇だ。近藤の為なら死んでもいい、そう言わせる存在で居続けてもらわなければ困る。」
近藤は黙って聞いている。
「だからあんたは常にどっしりと座り、隊員が負の感情を抱くようなことはしてはいけない。隊を引き締め、時に恨まれるような事を言わなければならない時は、俺の口から全て言う。新選組の負の感情は全て俺が引き受ける。」
それを聞き近藤は唸った。
「つらい役目だぞ...」
土方は笑みをたたえて返す。
「そんなもの、これまで散々多摩の百姓と馬鹿にされ、こっちに来てからも壬生浪と蔑まされて生きてきたことを思えば屁でもないな。俺たちはやっと武士として飛躍できる時を得たんだ。その為なら、俺は閻魔に魂を売ったってかまいやしない。」
土方の壮絶な覚悟を聞き、近藤も腹が据わった。
「わかった。新選組は歳、お前が頭脳だ。俺たちが生きるも死ぬもお前に任せる。この先何があろうとも、俺とお前だけは最後まで一心同体だ。」
そう言って二人は盃を目線迄掲げ、一気に飲み干した。
その後近藤が呟く。
「だがな、やはり芹沢らを相手に三人は心もとない。山南と原田も連れていけ。」
その人選に、土方も腹の中で唸った。
(さすがいいところに目を付ける。こうした人を見る目と人望がこの人の最も優れたところだ。)
山南も原田も天然理心流の門下ではない。
だが、二人とも近藤の人柄に惚れ、長く食客として試衛館に起居してきた人物だった。
山南は無頼漢の多い新選組において、唯一知性の伴った常識人だった。
そんな男が芹沢らの問題行動を苦々しく思っているのは当然で、それに会津候からの上意と伝えれば、納得して協力してもらえるだろう。
原田は、粗暴で学は無いが男気がある。
原田が新選組にいるのは、ひとえに近藤に惚れているからだ。
近藤が、原田に理を説き、頼むと言えば忠犬のごとく言うことを聞くのは想像に難くなかった。
「わかった。二人を加えよう。そして近藤さん、あんたにも役目はある。」
土方は声を潜め、近藤に順々と当日の段取りを話した。
「いいか、とにかく芹沢の一派には宴席でひたすら持ち上げ、酒を進めるんだ。あんたには苦手な役割だが、それに耐えてひたすら深酒させるんだ。」
近藤は苦々しい顔つきながら頷く。
「頃合いになったら奴らを先に駕籠に乗せ壬生に帰せ。逆にあんたらは直ぐに帰るな。」
アリバイ作りだ。
「俺たち実行部隊は、極力酒を控える。なんなら俺は仮病を使って酒席に出ないようにする。頃合いを見て実行部隊はそれとなく壬生に戻る。」
近藤は目を閉じ聞いている。
「奴らが寝静まったら、決行だ。俺と総司、原田と山南二手に分かれる。芹沢らは分宿するだろうから、討ち漏らす可能性もある。源さんは表門で逃げてくる奴に備える。」
そこまで一気に話すと、土方は少し息を整えた。
「すべてが終わったら尊攘派の斬奸状を残し立ち去る。これで終わりだ。」
土方が近藤に視線を送る。
「さすがだな。それでまず討ち漏らすことはあるまい。」
近藤が感心する。
土方が言を継ぐ。
「この先が肝心だぞ。これまでの新選組が行ってきた負の部分、それらすべてを抱えて芹沢には死んでもらう。芹沢はやりすぎたが、俺たちだって大して変わりゃしねぇ。芹沢が死んだ後も同じことしてりゃ、やっぱり奴らはただの無法者集団か、と会津候からも市民からも見放される。」
近藤が頷く。
「だからこの先、俺たちは同じ事はできない。町屋からの強引な資金調達、多摩の実家や知り合いなどへの金の無心。全て止めてもらう。」
「だが、それで隊を維持していけるのか?」
近藤が少し不安そうに聞いた。
「やるしかないんだ。新選組を立派な組織と認めさせ、公金を出させるようになるまで…それまでは、泥水を啜っても耐えるんだ。そのため隊の規律も厳密にする。背けば腹を召す覚悟が必要だ。その先は必ず、俺があんたを旗本並みにしてやる!」
土方の壮絶な覚悟だった。
近藤は全てを土方に任せることを決意した。
「頼むぞ、歳。」
【山南敬助】(やまなみorさんなん けいすけ)
新選組総長。仙台藩出身 北辰一刀流 文武両道で温厚な人格者 隊士たちからも厚く信頼されていた。元治2年(1865)に脱走の罪を負い切腹した。
【原田左之助】(はらだ さのすけ)
新選組十番隊組長。伊予松山藩出身 槍術を得意とし、宝蔵院流槍術を使ったとされるが、信憑性は低い。 豪放磊落な性格 鳥羽・伏見の戦い後も旧幕府軍として各地を転戦し、その後戦死したとも生き延びたとも言われている。
【井上源三郎】(いのうえ げんざぶろう)
新選組六番隊組長 天然理心流三代目宗家近藤周助の頃から門弟 近藤や土方の兄弟子 実直で誠実な人柄で年下の近藤らを支えた。慶応4年(1868)の鳥羽・伏見の戦いで戦死した。




