第44話 真桑瓜
無言の時が流れる。
樹之助も小夜も内心 (何か話さなきゃ) と焦っているが、いい言葉が思いつかない。
そこへ外から威勢のいい掛け声が響いてくる。
「まくわうりィー…あまい瓜やァ……」
それを聞くと、樹之助はスッと立ち上がり小夜の手を引く。
「行こう!」
「え?!」
小夜が戸惑いながら樹之助に引かれて長屋を出る。
声のする方に見当をつけ小走りで向かう樹之助と追いかける小夜。
やがて真桑瓜屋を見つけ、樹之助が呼び止めた。
「おーい、いくらだ?」
「へい、まいど!一個三十文どす。」
樹之助が懐の財布を出そうとするのを悟った小夜が、その手を押さえて前に出る。
「え〜、少し高くないですか〜?もう少しまけてもらえません?」
小夜が魔性の微笑みで哀願してる。
「まいったな〜。これえらい物がええんで、これでも安してるんどすえ。」
行商人も頭をかいている。
そこに小夜が両手を合わせてとどめの一言。
「お願い…」
「まったく、かいらしい嫁はんにはかないませんわ〜。わかりました、二十五文にします。」
「わ〜、おおきに〜!」
樹之助はあっけに取られた顔でその様子を見ていたが、小夜に肘でつつかれて我に返った。
「あ、二十五文な。じゃあ二つくれ。ほら五十文。」
「まいど!旦那、こないなかいらしいしっかり者の嫁はん大事にしなはれ。ほな!」
行商人は立ち上がりまた元気な掛け声をあげながら去っていった。
小夜が嬉しそうに瓜を抱えて樹之助を見上げる。
「ふふ、嫁はんだって。私たち夫婦に見えるのかな?」
「そりゃあ、黙っていたら兄妹か夫婦かって思うだろうよ。顔が似てないから夫婦って思ったんじゃないか?」
樹之助がそう言うと、娘のようにはしゃぐ小夜が可愛いかった。
そしてこの笑顔をずっと守ってやりたいとも…。
樹之助の心の中の思いがふつふつと湧きあがってきていた。
その後、二人は井戸端に行き、桶に張った水に瓜をつけ冷やし、半分に割って食べた。
瓜の甘さと冷たさが爽やかに口中に広がり、二人の顔も自然にほころぶ。
それから二人は、島原の身受け話など忘れたかのように子供の頃のこと、樹之助の旅のこと、小夜のおかしな客のことなど、ひとしきり話し込んだ。
二人にとって束の間の安息の時間だった。
「そろそろ帰らなきゃ…」
夕刻、小夜が名残惜しそうに言った。
「送るよ」
「一人で帰れますよ」
小夜が微笑む。
「いや、ここいらにはおかしな連中もいる。それにお滝さんに話したいこともあるしな...」
「うん。じゃ、行こう。」
そう言って二人で長屋を出た。
岩蔵の部屋から三人組が顔を出し、
「嬢ちゃんまたおいで」
と手を振る。
小夜も笑顔で手を振った。
宵待に着くとお滝が暑さに耐えかね、腿まで露わにした格好で佇んでいた。
樹之助が目のやり場に困ってることもお構いなしに
「おや、おかえり。楽しかったかい?」
と小夜に声かける。
小夜は屈託のない笑顔で
「はい。とっても。」
と言いながら、さっき買った瓜を一つ
「これ、お義母さんにお土産。」
と差し出した。
「おやおや、これはこの暑さに何よりの土産だね。ありがとよ。」
お滝も嬉しそうに受け取った。
まるで本当の親子のような二人の会話を見て、樹之助の意思は固まった。
「お滝さん!」
いつになく真顔で呼びかける樹之助を見て、お滝も何かを察した。
「なんだい、あらたまって。」
樹之助は思いのたけを吐き出すように強く言った。
「俺、小夜を貰い受けたい。」
お滝はさして驚いた顔も見せないが、小夜は吃驚して口に手を当て樹之助を見てる。
「島原からの身受け金には及ばないけど、俺の全財産お滝さんに渡すから、小夜を島原にはやらないでほしい。」
小夜の瞳から光る物がポロリとこぼれた。
「本気なんだね。」
お滝が樹之助を見据える。
「もちろんだ。でも、親父の誼で少しわがままを聞いてほしい。」
お滝が首を傾げる。
「俺はまだ駆け出しだ。もう少し仕事に慣れて、長屋から出られるくらいになるまで、小夜をここに置いておいてほしいんだ。でも、もう客は取らせないでくれ。」
信念のこもった目でお滝を見据える樹之助。
お滝はジッとその目を見ていたが、フッと力を抜いて笑った。
「わかったよ。元々小夜を島原なんかに売る気はなかったんだ。お前さんが小夜をどうする気か知りたかったのさ。」
お滝は煙管に火をつけた。
「そんな顔も樹三郎そっくりだね。金はいらないよ。その金は小夜と一緒になる時のためにとっておきな。」
「ありがとうございます!」
樹之助が言うと、小夜が樹之助の胸に飛び込んできた。
「…いいんですか、私なんかで」
小声で囁く小夜。
「お前がいいんだ、小夜」
樹之助もきつく抱きしめる。
「嬉しい...」
小夜は涙が止まらなかった。
「まったく、見せつけるんじゃないよ…」
抱擁する二人を見るお滝の目からも光る物がこぼれていた。




