第41話 上意
大和屋の蔵が燃え上がる光景をジッと見つめていた樹之助に、後ろから声をかける人物がいた。
「どう思う?」
振り向くとそこには、かつて壬生寺で見た土方と呼ばれた男がいた。
「あんたは…」
「失望したか?会津候お預かりで京の治安を守る正義の浪士組。そんな中で颯爽と剣を振るっていた沖田が、芹沢と一緒に無体を行っていると。」
樹之助は答えなかった。
ただ淡々と任務を全うしている沖田の姿を見つめていた。
「どう思ってもいいが、俺たちは理想とする武士の姿を求めている。だが、地位も金もコネもないゼロから始めるんだ。泥を啜らなければならない時もある。」
(土方という男、なぜそんなことを俺に話すんだ?)
樹之助は訳がわからなかった。
「いつか俺たちが浪士組を主導する。その時は、こんな真似をしなくてもいい、誰からも認められる存在になる。」
土方の固く握られた拳が小さく震えていた。
(あぁ、この人も悔しいのだ。こんな事に駆り出されるのが。だけど、綺麗ごとだけでは隊を維持していけない。そんな思いを誰かに聞いてほしいんだな...)
樹之助は土方の、いや、実際に手を汚している沖田らの、心の声を聴いた。
「誠の旗…俺は好きだぜ。文字通り誠の一団になることを期待しているよ。いち町民としてな。」
樹之助はそう言うと軽く手を振り、土方を置いて歩き去った。
大和屋事件からわずか五日後
歴史的大事件が起きる。
文久三年(1863年)八月十八日に起きた俗にいう“八月十八日の政変”である。
それまで攘夷討幕派の公家を操り、過激化する長州藩が、薩摩・会津らの公武合体派により京都を追放されたのだ。
この時、会津藩お預かりであった壬生浪士組も動員され、御所の御花畑門の警護を命じられた。
芹沢らは甲冑に身を包み、持場に急行したが、
その頃浪士組の認知度はまだ低く、御門を守っていた会津藩士は槍を向け通そうとしなかった。
その時芹沢が鉄扇を仰ぎながら槍の前に進み出て、一歩も引かない。
そこへ会津の軍目付が来て、事が収まったという。
後に鬼松がこの事を評して言った。
「芹沢という男、三国志中の呂布や張飛のような豪胆さよ。惜しむらくは、生まれて来る時代を間違えたことだ。戦国の世ならば槍一筋で一国の主となっていただろう。」
八月十八日の政変後、都から長州藩は一掃された。
これにより、勤皇の過激派浪人も勢いを失い、荒れ狂っていた天誅の嵐も一時収まりを見せていた。
情報通の与太八が樹之助に注進する。
「新選組っていうらしいぜ。」
「新選?なんだそれ?」
「なんでもこの前の禁裏での活躍に対して会津候が直々に隊名を下したそうだ。」
「ほう。じゃあもう“身ボロ“って言えねぇな」
樹之助と与太八はそう言って笑った。
その頃、土方歳三は秘密裏にとある料亭で会合していた。
人払いし、同席するのは会津家中秋月悌二郎。
「これは内々のごど故、構えで他言無用ぞ。」
秋月が声を潜める。
土方は切れ長の目を細め、無言で頷く。
「我が殿は、新選組の活躍いだぐお喜びだ。このまま活躍すれば、いずれご公議直臣さ取り立でられるのも夢ではながろう、と。」
「それは…過分なお言葉。」
土方は深く頭を下げる。
「新選組の名が大ぎぐなればなるほど、それ抱える我が会津の評判も上がる。だが...」
秋月がより一層声を落とした。
「世の不評づうのも大ぎぐなる。先の政変にで長州派一掃したのはいいが、京都市内さ長州の味方するものは多い。それらの怨嗟の的になってるのに加え、新選組の乱暴狼藉...」
秋月は深くため息を吐き、盃をあおった。
「殿さ対する風当だりは強まるばっかりよ。」
土方はじっと聞き入っている。
「そごで土方、上意だ。」
土方はひれ伏し拝聴する。
「速やがに禍根の芽摘み取れ!」
土方は全て理解した。
「ハッ!」
それだけ言うと秋月は席を立った。
土方は一人手酌しながら秋月の座っていた座を見つめている。
その頭の中では、決行の人選と段取りが目まぐるしく駆け巡っていた。
(これで新選組は真の武士の集団になる)
土方の眼が鋭く光った。
【秋月悌二郎】幕末から明治期に活躍した会津藩士、漢学者、詩人。会津藩きっての秀才。




