第4話 浪士組
“天誅”
文久三年(1863年)のこの頃、尊攘派の志士たちが、狂ったように人を斬りまくっていた。
「世も末だね~。」
鴨川の乞食小屋の一角で、釣った魚を炙りながら四門と名乗る男が樹之助に話しかける。
樹之助同様いつの間にかここに居ついている。
「稼業は何をしている?」
と問うと
「泥棒さ」
と笑って答える。
そう言ってもここでは誰も驚かない。
名前も古の大泥棒石川五右衛門にあやかって、四門としたらしい。
「世も末ってなんだよ?」
樹之助は焚火に木をくべながら四門に聞いた。
「だってよ、京の治安を守る京都守護職が、浪人を市中警護の為雇い入れたって話だぜ。」
「浪人?市中警護?」
樹之助には理解ができなかった。
京都守護は会津藩の仕事だ。
列記とした武士がいるのに、なぜに浪人など雇い入れるのだ?
そんな疑問をそのまま四門に返したが、
「俺に難しいこと聞くなよ。俺としてはただ仕事がやり難くなるってことだけだ。」
そう言って、焼けた魚に齧りついていた。
「毒を持って毒を制すってやつだな。」
イシキリが来て腰かけながら答えた。
「毒?」
「ああ、毒だ。京の市中に蔓延する不逞浪士の群れを捕縛するのに自藩の貴重な戦力を使いたくないのよ。何かあれば『天誅』って言って刀を振り回すキチガイ共の相手は、同じキチガイにやらせようって腹積もりだろう。」
「イシキリのおっさん博学だな」
四門が褒めそやしている。
「ばかやろう。その位わかんねえとこれからの激動の世の中についていけねぇぞ。」
イシキリが真顔で言う。
「だって俺らは世捨て人の浮浪人だからな。世の中の外にいるんだぜえ。」
そう言われるとイシキリも真面目に答えたのが馬鹿らしくなったようで
「お前の言う通りだ…」
と笑って小屋の中へ引っ込んでいった。
樹之助は一人頭の中で反芻していた。
「浪士組…勤王を騙る不逞浪士を取り締まる奴らか…」
翌日の昼下がり、樹之助は何するでもなく、町をぶらついている。
一応警備して歩いてる気になっているのだ。
四条通の一角にある質屋、外にまで響く大声で、今日もまた不逞浪士が狼藉を働いている。
「待て!わてが何したって言いはります!?攘夷派の皆さんに資金もぎょうさん融通しておりましょうが。」
「ふん、その実裏では所司代に不逞浪士を通報しているらしいじゃないか。」
「そら、入れ替わり立ち代わり金の無心してくる浪人はんらに対応していたらうちら破産してまうがな。ですが、長州はんや土佐はんなんかの身元の明らかな方々には喜んで協力してます。」
「ほうほう。それでは我らのような脱藩して国事に奔走している者は、不逞浪士というわけだな...」
もはや言いがかりであった。
攘夷派の不逞浪士の横暴は、京都守護職などの公権力での取り締まりの限界を超えていた。
樹之助は物陰からその様子をじっと見つめていた。
(奴らが店を出て、人目につかないところに行ったら、討ち捨ててあの金取り返してやろう。)
そう思い身構えていた。
その時、浪人態だが、規律正しく二列になって小走りにやってくる五人組が、その質屋に入り中から不逞浪士二人を引きづり出してきた。
「なんだぁ、お前ら!」
摘まみだされた浪人二人が怒気を発している。
五人組は二人を取り囲む。
一団の先頭を歩いていた、小柄で最も若い武士が口を開いた。
「えっと、君たちはここから軍資金を用立てて何に使うんだい?」
まるで緊張感のない、優男風な武士に、不逞浪士は嘲る気持ちになった。
「決まっておろう。我らは天子様の先兵となり、天子様中心の御世をつくる国士。その天子さまのための兵を養う金だ。」
「そうかそうか。それはご苦労なことだね。我らも天子様は唯一無二の存在として崇め奉る気持ちは一緒だよ。
「ならば我らのすることに邪魔だては無用。これ以上文句があるならば斬り捨てるがいいか?」
そう言って不逞浪士は凄んで見せた。
「うーん、君たちには無理だよ。止めておきな。」
小柄な武士は尚も飄々としている。
不逞浪士は苛立ちが増してきている。
「貴様のような優男がこの俺様の剣に敵う訳なかろう!」
そう言うや否や、不逞浪士の一人が抜き打ちに小柄な武士に斬りつけた。
誰もが一瞬小柄な武士が斬られたと思った。
しかし、次の瞬間倒れたのは刀を抜いた不逞浪士の方だった。
いつ抜いたのか、常人には小柄な武士が剣を振るう姿も見えなかった。
人々が見たのは優男が納刀するところだけだ。
(なんという早業)
樹之助は息を飲んだ。
樹之助には見えていた。
小柄な武士があの一瞬で繰り出した突き。
しかも一度ではなく二度、いや三度…
「やれやれ。穏便に捕縛だけで済ませてあげようと思ったのに、抜かれたらこっちも抜くしかないんだよ。」
そうして小柄な武士はもう一人の不逞浪士の方をみた。
声音や態度とは全く違う、ゾッとするほど冷たく暗い目つきだった。
「そっちのあんたもやるかい?この人以上の使い手なら相手になるよ。」
もう一人の不逞浪士はすっかり戦意喪失し、「いや俺は、ただ…」とか言いながらおとなしくなった。
小柄な男は辺りを囲んで様子を見ている町衆に聞こえるよう、声を張って言った。
「我らは会津藩お預かりの、壬生の浪士組で、俺はこの組の頭沖田だ。会津公よりこの京で不逞浪士を取り締まる命を受けている。」
この頃浪士組はまだ京に来て間もなく、知名度が低かったため、事あればまるで物売りでもするかのように自己喧伝していた。
壬生浪士組(後の新選組)
イシキリの言っていた毒…
浪士組は場を納めた後、足早に立ち去った。
その途中、沖田は誰に言うでもなく独りブツブツ呟いている。
「まったく、あんなガマの油の叩き売りの口上みたいなマネ、恥ずかしいったらありゃしない。」
沖田は頬を膨らませている。
「土方さんは厳格な人だけど、考え方が商人なんだよ。何せ石田散薬だからな…」
沖田は恥ずかしさで一刻も早くこの場を立ち去りたいとの思いから、小走りで駆け去って行った。
一方樹之助は、浪士組の後姿を見ながら、沖田と名乗った男の剣を思い出していた。
「あの沖田という男…」
神速の剣というのを初めて見た気がした。
(敵にしたくない男だな...)
【壬生浪士組】
文久3年(1863年)に清河八郎の建議により江戸幕府が組織した浪士組の一部である。将軍警護を名目に京都へ派遣されたが、清河の方針転換により多くが江戸へ帰還する中、近藤勇や芹沢鴨らは京都に残留した。彼らは壬生村に屯所を置き「壬生浪士組」と呼ばれ、後に会津藩の庇護を受け正式に新選組へと改組された。
【沖田総司】
江戸出身の剣士で新選組一番隊組長。近藤勇・土方歳三と同じ天然理心流の使い手。若年ながら天才的な剣の腕を持ち、隊内でも屈指の実力者とされた。池田屋事件などで活躍するが、のちに病を患い第一線から退いた。
【石田散薬】
石田散薬は、江戸時代後期に多摩地方で作られていた薬で、腫物・打ち身・捻挫などに効能があるとされた。行商によって各地に売られ、土方歳三も若い頃、この薬を担いで諸国を巡ったと伝えられる




