第38話 罪滅し
三日後
樹之助の長屋に四門が訪ねてきた。
「へぇ、いいとこ住んでんじゃねぇか。鴨川の乞食小屋に比べたら豪邸だぜ。」
「ふ、ちゃっかり金取られんだぜ。必死に働かないと、すぐに鴨川に逆戻りだ。」
互いに口を開けて笑うと、樹之助は真顔で聞く。
「何かわかったか?」
「あぁ。あの爺さん知ってるっていう昔の仕事仲間がいたぜ。」
「確かか?」
「間違いねぇ。なんせ六条河原まで行ってツラ確認してきたからな。」
「それで?」
「あの爺さん、“袖抜けの針太”と呼ばれる名人だ。」
「針太...」
「でもボケちまってんだろうな。昔の仕事仲間が行っても全くわかってなかったぜ。」
「そうか。で、その針太の女房のことは何かわかったか?」
「あぁ。結構悲惨な話だ。針太がある時スリを働いたんだが、その相手がよくなかった。祇園の裏社会を牛耳る松岡一家のわけぇもんに手出ししちまってな。後から追い込み掛けられたのよ。」
樹之助はジッと聞き入っている。
「それでヤサが割れて、踏み込まれて針太の野郎半殺しの目にあったんだが、その時一緒にいた女房が、自分が肩代わりするから針太を助けてやってくれって拝み倒してな。」
(それがきっと葉牡丹に...)
「連れていかれた針太の女房は島原に売られたんだが、それが結構売れっ子になってな。針太は何とか落籍せようと、女衒に掛け合ったんだが、落籍料三十両と言われたそうだ。」
「それで三十両…」
「それから針太は必死に働いたそうだ。働いたっていったって泥棒稼業だから褒められたもんじゃねぇがな。」
四門が一息つく。
「針太が必死に金を貯めて、女房落籍せようって思った時にはよ、女房瘡毒にかかって死んじまってたって話だ。」
樹之助は重吉のあの罪のない笑顔を思い出していた。
「ありがとう四門。助かったよ。」
樹之助は懐から銭を数枚取り出し、四門に渡した。
「お安い御用だ。お前もこんな裏稼業始めたんなら、これからも手伝うから声かけてくれ。」
そう言って四門は長屋を後にした。
その夜、樹之助は夢屋の葉牡丹を訪ね事の顛末を伝えた。
葉牡丹は、重吉の妻の事を思い涙を流した。
「あの爺さん、自分がボケて物がわからなくなってきていること知ってたんだろうな。だから貯めた金を、女房に似たあんたにつぎ込んで、罪滅ぼしのつもりだったんだろう。」
葉牡丹は俯いている。
「だが、爺さんボケて良かったんじゃねぇか。悲しい過去を忘れ、あんたを女房に見立てて穏やかに過ごせているんだから。」
樹之助が葉牡丹に微笑みかけると、葉牡丹も涙を拭いながら可愛い八重歯を見せて答えた。
「あたい、重吉はん来へんくなるまで、この商売続けんで。どうせあの人くらいしか指名してくる物好きいーひんさかいな」
そう言って笑うと、
「おおきに。新しい裏影はん。こらほんの気持ち。」
と言って今回の謝礼として懐紙にくるんた豆板銀ふた粒を差し出した。
「続くといいな、あんたらの関係。」
「そうやな、おおきに。」
そう言い残すと樹之助は給金を懐に入れ夢屋を出た。
だが、重吉と葉牡丹の関係は長く続かなかった。
数日後、重吉は夢屋に向かう途中、浪人相手に三条通りでいつものようにスリを働いた。
「こらぁ!貴様誰に当たっちゅーがじゃ!」
「これはお武家様、この年寄り足腰が弱くなりまして、すぐに人に当たってしまいます。どうか平に御容赦を」
そう言って額を地面に擦りつけながら許しを請う。
だが返ってきたのは、身の毛もよだつような低くドスの利いた冷たい声だった。
「儂の目は節穴やないで。おんし、儂の財布をとったろ。」
そう言ってジロリと睨むその目は、野獣のような凄みがあった。
「まさか、そのような...」
重吉は男の目を見た瞬間危険を感じ、身をひるがえし逃げようとする。
「無礼者が!」
重吉は一瞬風を感じた。
次の瞬間、重吉の首は二間ほど飛び、コロコロと転がった。
男は首のない胴体の袖口から、すられた財布を取り戻すと、何事もなかったかのように歩きだす。
「土佐の以蔵に手を出すきよ...」
そう呟くと以蔵は暗い路地へと消えて行った。
胴から離れた重吉の首は、穏やかな笑みをたたえていたという。
【瘡毒】梅毒
【土佐の以蔵】岡田以蔵 幕末の四大人斬りと呼ばれた男




