第37話 六条河原
翌朝
今日も夢屋を出た重吉を追う。
相変わらず重吉は、昨日と違う道をフラフラとした足取りで歩いていく。
1刻ほどふらついた後、また通りをあるく商人風の男にぶつかった。
相変わらず平身低頭し、許しを請い、放免されていた。
その後また人気の無い路地裏へ入って行く。
今日は追うことはしない。
どうせやることはわかっている。
路地裏から出てくる重吉を待った。
やがて出てきた重吉は、町はずれの方へ歩き出す。
(いよいよか...)
樹之助は重吉の視界に入らないよう、位置取りを気にしながら尾行を続ける。
六条河原
処刑場のある場所で、周辺には遺体処理場や無縁仏などが並ぶ。
ここにも貧民街があった。
粗末な小屋の一つに重吉は入って行く。
人目を気にしながら、樹之助もそっと小屋に近づく。
中から念仏を唱える声が聞こえてくる。
中を覗くと重吉が小さな位牌に向かって手を合わせていた。
(誰の位牌だ?)
中に他の人の気配はない。
樹之助は、思い切って中に入った。
重吉は樹之助が入ってきても意に介さず、念仏を唱え続けている。
「...おい」
樹之助が声をかけると、重吉はやっと念仏を止め、後ろを振り返った。
「あんたは誰じゃ?」
「ある人から頼まれてきた。」
「ほう。儂に用事がある者などこの世におるのかの~?」
そう言って穏やかな笑みを浮かべる。
「ここは暗いから、外で話すかえ?」
そう言って重吉は樹之助を外に連れ出した。
「で、儂に何を聞きたい?」
「あんたの名前と生まれ、生業だ。」
記憶喪失と葉牡丹は言ったが、本当にそうか試してみた。
「名は…今は重吉と言っとる。それはこの界隈の奴らがそう呼ぶからだが…」
相変わらず微笑を湛えている。
「生まれは...わからん。気が付いたらここに居た。どこで生まれて育ったのか…何にも覚えてはおらんのだ。」
どうやら記憶がないというのは本当のようだ。
「…家族は」
重吉の言葉が詰まった。
「…葉牡丹。」
ぽつりと言った。
「あれは女郎だろ?」
「あぁ。そうだな。だからなんだ?」
「お前が夢屋に支払った金はどうした?あんな大金、ここの住人に似つかわしくないぞ。」
「金...」
重吉が首をひねる。
「何のことじゃ?」
樹之助は頭が混乱してきた。
「あんた、金で毎晩女郎を買っていることわかっていないのか?」
「毎晩…女郎を?」
重吉は口をポカンと開け、樹之助を見ている。
その時、重吉の後ろから声をかけてくる女の姿があった。
「やめときな。重吉さんボケてんだ。それも段々ひどくなってきててね、三日もすりゃ大抵のことは忘れてんだ...」
樹之助は振り向いて重吉を見る。
相変わらず春の陽気のような、穏やかな笑みを湛えている。
「この人、家族は?」
「あんまり深い話したことなかったんだけどさ、来たばかりの頃女房がいたって言ってたことあったね。でも死んじまったって言ってたと思うよ。」
「女房...」
(それが葉牡丹に似ているのか?それで家に帰る感覚で夢屋に...)
「なぁ、俺もここいらと同じ浮浪の身だから、はっきり聞くけどよ、この爺さん稼業はスリだろ?」
「まあね。あんたこの爺さんにやられたのかい?」
「俺はそんな下手うたねぇよ。」
樹之助は、だいぶ情報が集まったが、肝心の事がわからない。
(いくら凄腕のスリでも、三十両なんて大金簡単に集められないだろう。)
「なぁ、この爺さんの生まれとか、その女房のこととか手掛かりないか?」
「さぁね。他人の事に干渉しないのがうちらだろ。」
「それもそうだな。」
手掛かりの糸はプツリと切れた。
その後、六条河原を後にした樹之助は、久しぶりに鴨川の乞食小屋を訪ねた。
河原に寝そべる四門を見つけると、近づき声をかける。
「なぁ、お前ら泥棒稼業って、横繋がりあるのか?」
「なんだよ、藪から棒に。そりゃ全部ではないけど、仲の良い連中はいるぜ。」
「スリも泥棒か?」
「ん~、どうかな。兼用の奴はいないこともないけど...」
それから樹之助は、重吉の事を話した。
「心当たりのある奴いたら教えてくれよ。」
樹之助は、四門の交友関係に賭けた。
(これでダメなら諦めよう...)




