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第34話 新居

山城屋喜左衛門(やましろやきざえもん)


祇園一帯で居酒屋、旅篭(はたご)、両替商、呉服屋など多彩に営む豪商。


お滝からの紹介状と樹三郎の名前を出すと、店主喜左衛門の客間に通してくれた。


「あんたが樹三郎はんの息子さんかい?」


山城屋喜左衛門は背が小さく、よく肥えた五十絡みの男だった。


物腰柔らかく、人の好さそうな雰囲気を(かも)し出しているが、祇園界隈の顔役として、裏の世界にも通じている怖さが笑顔の隙間に見え隠れする。


「樹之助だ」


樹之助は不愛想に名乗った。


「樹三郎はんはどないしたんやい?すっかり姿を見せのうななったんやけど。」


「親父は...故郷に帰った。もう京には戻らない。」


「そうどすか。そら残念だ。あの人誰もが手ぇ焼く問題をいとも簡単に解決してくれたしな。」


樹之助の知らない父の顔。


「俺はまだ未熟だから、親父の様には…」


そういうと山城屋はカカと笑った。


「誰でも初めはそうや。ええどすか、この仕事、裏の仕事言うても、相手を殺したりしたらあかんのや。」


殺さない。

その一言に樹之助はちょっと胸をなでおろした。


「特に多いのんが岡場所の痴情(ちじょう)のもつれや。そないな事は、なだめたりすかしたり脅したりと、あらゆる手練手管(てれんてくだ)を駆使して解決せなあかん。そないな男女のイロってもんを知らな務まらへんとこもある。そう言う意味では...」


山城屋が樹之助を値踏みするように睨みつける。


「あんた少し若すぎるな。いやいや、そやさかい言うて仕事依頼しいひんちゅうわけやないが、樹三郎はんの域に達するには数年かかるやろうな。」


「ああ。女の事についてはさっぱりわからん。やってみてダメなら諦めるさ。」


山城屋も頷いている。


「ところであんた、住むとこ無いのやろ?ウチとこの用心棒長屋に一軒空きがあるさかい、そこ住まへんか?」


今の樹之助には雨露が凌げさえすれば御の字だった。


「それは助かる…」


樹之助がそういうと、

「あんたのように揉め事解決の為に雇うてる男連中と一緒や。仲良うやりや。」

とにこやかに言った後、サラリと付け加える。


「家賃は月三百文や。仕事の手当てと差引でええな?」


(金取んのかよ...)


樹之助は口に出かかった言葉を飲み込んだ。


この時代、職もない浮浪が長屋を借りるのも簡単ではなかったからだ。


「わかった…」


樹之助がそう言うと、商談は成立した。


「ほな早速案内させるか。おい、伊佐吉!この方を三番長屋まで案内しなはれ。確か家具付きの部屋空いとったろ?」


「へーい」


伊佐吉という下男が土間でかしこまっている。


「仕事の依頼がある時は直接長屋へ連絡する。留守にする時は、うちの番頭にでも伝えときなはれ。」


そう言うと山城屋は奥に引っ込んだ。


樹之助は伊佐吉に案内され、山城屋の用心棒が住んでいる長屋の一角に入った。


部屋は広くもなく、家具付きと言っても粗末な夜具とちゃぶ台だけだが、一人で住むには十分だった。


特にすることもないので、居間の真ん中で天井を見上げながら寝転がった。


(ここが俺の城か...)


そんなことを考えていると、入口の戸がガラリと開き、大柄な男とその子分のような男が二人、ズケズケと上がり込んできた。


「おめぇが新入りか?」


大柄な男が樹之助の前に座り凄んだ。


「新入りってわけでもないがな。あんたらのような用心棒ではない。」


「そりゃそうだろうな。そんな細っこい体つきじゃ、酔ったお客をつまみ出すこともできないだろ!」


そう言って三人は笑う。


「まぁ、何の役目で雇われたか知らねぇが、ここに入るとなったら、隣近所にそれなりの挨拶ってもんが必要よ。」


「そうだそうだ」


よくいる輩だ…


樹之助は相手するのが面倒になってきた。


「で、どうしてほしいんだ?」


「そりゃ決まってんだろう」


そういって取り巻きの一人が指で丸く円を作っている。


「金…か?」


「物分かりがいいな。こういう世界で生きていくためには、何事も心づけってやつが肝心よ。」


樹之助は少し腕組みして考えた。


(こいつら痛い目に合わせても、山城屋が困るんだろうな...)


そう考えると、樹之助は一計を思いつき、懐から一枚の銅銭を取り出した。


「おいおい、そんなもんで足りると思っているのか?」


「いや。これからこれを増やす。」


「あーん?何を訳の分からんこと言ってるんだ?」


「まぁ見てろ。お前らも座れ」


そう言って樹之助は取り巻きも座らせながら、


「少し暗くなってきたな...」


そう言って、燭台に火を灯しちゃぶ台のすぐ横に置いた。


そして皮袋を探り、財布を取り出した。


「一体何を始めようってんだ?」


大柄な男がいら立ちを隠さない。


「じゃあこれを見ろ」


樹之助は銅銭を左手の人差し指と親指でつまんでいる。


三人はその手元をじっと見つめている。


樹之助は燭台を近づけながら、その銅銭を指で弾き空中に飛ばす。


三人の視線はその銅銭を追いかけている。


一回、二回、三回…


その間樹之助は燭台の火にそっと何かを振りかけながら小声で囁いている。


五回目に弾いた後、樹之助はその銅銭を握った。


三人の視線は樹之助が握った拳に釘付けになっている。


樹之助が手を開くと、銅銭は3枚になっていた。


「おぉ!すげぇ!」


三人から感嘆の声が漏れる。


「こうやって徐々に増やしていきたいんだが、銅銭であんた達の求める額まで増やすには時間がかかる。誰か、銀を持ってないか?」


「あ、俺あるぜ!」


取り巻きの一人が懐から一枚の豆板銀を取りだした。


「ちょっと貸してくれ?元手が高いと増えるのも早い。」


そう言って豆板銀を預かる。


そうして、再度左手でそれを見せながら燭台の火を揺らめかす。


三人はまた樹之助の手元を見つめているが、その顔はだらしなく脱力し、目も虚ろになってきている。


豆板銀を空中に放り投げる。

一回、二回、三回…


その間、樹之助はまた小声で何かを呟いている。


そして何度か爪弾いた後、樹之助は豆板銀を強く握り、手を開くと銀が10枚ほど手の中に溢れていた。


「おぉ、すげぇ!」

「神業だ!」

「よし、これでお前の挨拶は確かにうけたぜ!」


そう言いながら男たちは喜び、樹之助の手から銀を奪い取っていく。


「これからも御贔屓に!」


出て行く三人の後ろ姿に慇懃(いんぎん)に言葉をかけると、樹之助は取り巻きから借りた豆板銀を大事に懐にしまった。


三人が銀だと思って持ち帰ったのは、さっき樹之助が財布から取り出した銅銭で、樹之助は取り巻きの持っていた銀を得た。


部屋にはほのかな甘い匂いが漂っていた。

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