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第28話 柳生の庄

権助(ごんすけ)を連れた旅は樹之助一人の時と違いペースが大きく落ちた。


権助は疲れると勝手に道端に座り込み休憩をとる。

そして自身が納得するまで、押しても引いても動かない。


「お前さぁ、どっちがお供かわかんねぇよ...」


樹之助もすっかり諦め気分だった。


樹之助だけなら一日で柳生(やぎゅう)まで行くことは可能だったが、とても行けそうにない。


仕方なく樹之助は伊賀上野の城下で一夜を過ごすことにした。


伊勢参りの通過点だから、城下は結構な賑わいがある。


樹之助は一軒の旅籠(はたご)に入る。


「いらっしゃーい」


女中の元気な声。


「ひとりかい?」


「ああ、いや、こいつも。」


と足元を指さす。


「あら~、犬は上げられないよ。外に繋ぐならいいけどさ。」


樹之助は権助を見る。

だが権助は土間に伏せって動く気配もない。


さらに折悪しく外は雨が降ってきた。


「まいったな。こいつきっといいとこの犬だから外でなんて寝そうにない...」


「でも、ここいらの宿で犬を泊めてくれるとこなんてありゃしないよ。」


女中は早く決めてくれと言わんばかりの口調だ。


樹之助は権助を見る。

権助も樹之助を見る。

外は薄暗くなり、雨はだんだん強くなってきていた。


樹之助は一つ溜息(ためいき)をつき女中に言った。


「宿はいい。その代わりそこで焼いてる焼き握り飯をひとつ...」


と言いかけたところで権助の視線に気づく。


「...いや、二つくれ。」


そうして旅籠を出た樹之助は城下町手前にあった神社へ向かった。


「ここならなんとか雨をしのげそうだな」


そう言って、そっと神社の軒下(のきした)に腰を下ろした。


権助も大人しく樹之助の横に座った。


「ずぶ濡れだな...」


そう言って革袋から母の形見の藍色の手拭いを取り出すと、権助の体を拭いてやった。


そして旅籠で買った焼き握り飯を取り出すと、一つをかじり、もう一つを権助の前に置く。」


でも権助は食べない。


「あれ?焼き握り飯嫌いか?」


そう言いながら頬張る樹之助の口元を、権助は(よだれ)を垂らしながら見つめている。


「お前、まさか...」


樹之助はピンときた。

そしてハキとした声で言った。


「食べてヨシ!」


そう指示されると権助は焼き握り飯に飛びついた。


「お前凄いな~。ちゃんと教育されてるんだな。ご主人は見てないってのに。それでも教えを守ってんだ。」


樹之助はむさぼり食べている権助の背を撫でてやった。


「それがお前の正心なんだな…」


犬でも自分で決めた事を一途に守る姿勢があることを樹之助は教えられた気がした。



初夏でも雨に濡れた体は寒かった。


樹之助が精いっぱい体を丸めて温まろうとするが、全然温まらない。

ここで火を焚くわけにもいかない。


仕方ない、今夜は眠らず過ごそう。


そう思った時、樹之助の前に権助が体を寄せてきた。

お尻をくっつけるようにして…


犬は絶対的に信頼している人じゃなきゃ背を預けない。

ましてや紀州犬は飼い主以外に易々(やすやす)となびかない。


「権助。おまえ…」


短い時間だが、樹之助が見せたまごころを権助はしっかり理解していた。


樹之助と権助は互いの温もりを感じながら、朝までぐっすり眠ることができた。



翌朝


昨夜とは打って変わってよく晴れた。


歩き出してから一刻ほどで柳生の庄に入った。


城下に近づき、人家が増えて来ると、権助を見かけた住人が声をかけて来る。


「おや、権助じゃないか?」

「どこ行ってたの?」


「お前けっこう人気者なんだな?」


樹之助が権助に声掛けると、権助は自慢げに樹之助を仰ぎ見た。


樹之助は声かけてきた住人の一人に尋ねた。


「こいつどこの犬なんだ?」


聞かれた女はそんな事も知らないのかという表情を浮かべた。


「ご城下の庄田道場。志野お嬢様の子だよ。」


「庄田道場?」


「ここ真っすぐ行ったらお城見えて来るから、お城のすぐ脇にあるよ。」


そう説明しながら、女はクスっと笑った。


「あ、でも大丈夫よ。権助が案内してくれるから。」


その言葉通り、城下が近づくにつれ権助の歩様は少しずつ早まり、城が見えてくるとほとんど駆け足になった。


「おいおい、お前走ることできたのかよ!」


押しても引いても走ることなんてなかった権助が一目散に走っていく。


城下の誰もが

「権助だ!」

「権助お帰り~」

と声かける。


そして小高い丘の中腹にある、一軒の剣術道場の門に飛び込んでいった。


樹之助も続く。


権助は裏手に回ると、勝手口の扉に向かって大きく吠えた。


少し間があって扉が開く。


黄色い着物の武家の娘が飛び出してきた。

「権助!おかえり!」

「くぅ~ん」

そう言ってきつく抱擁する二人。

いや、一人と一匹。


樹之助はその光景をやや離れたところから微笑(ほほえ)みながら見ていた。


やがて、娘が樹之助に気づく。


「あら、あなたは...?」


「あ、樹之助。伊勢参りの帰り偶然そいつに出会って、通り道だったんで一緒に来たんだ。」


「それは、お世話になりました」


娘は深々と頭を下げる。


「いや、何にもしてないから。あ、そいつ無事着いたみたいなんで、俺行くわ。」


そう言って樹之助は立ち去ろうとする。


「お待ちください!どうか上がってお茶でも召し上がっていってください。」


「いやいや、お気遣いな...」


言いかけたとき、権助が樹之助の裾を噛んでいる。


「ほら、権助も名残惜しいと言っておりますので、どうか。」


「はぁ...」


こうして樹之助は柳生の道場にあがる羽目になったのだった。


【柳生家】

剣術流派・柳生新陰流を継承した大名家。代々将軍家の兵法指南役を務め、「剣の名門」として知られた。本拠は大和国柳生庄(現在の奈良市柳生町)。

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