第23話 竜光の滝へ
(母さんごめん。やっと手を合わせることができたよ…)
樹之助は、風の里の小高い丘の上にある母の墓前で手を合わせた。
(俺も母さんのように誇り高く、親父のように影から皆を守れる忍びになるから、見ていてくれ。)
そう誓った後、樹之助は立ち上がり丘に吹く風を感じる。
「いい眺めだ...」
「ここならお母さんも寂しくないよ。」
いつも元気な木葉がしんみり言う。
「まさか樹之助が私たちの従弟だったなんてね。」
木陰が言うと、三姉妹皆頷いた。
「私たちが日々お世話しますね。」
木立が優しいまなざしを墓標に向ける。
「私はね、菊こそ百地の家を継ぐべきと思っていたわ。でもね、『私は融通が利かないから。これからの忍びは、姉さんや勘助さんのような柔軟な考えを持った人が受け継いでいくべきよ。』と言ってね。」
日向がしんみりと言った後
「でもね...」
といって、クスッと笑い、在りし日を偲ぶように言葉を発した。
「でもそれは方便で、体よく私に百地の家を押し付けて、樹三郎さんの元に走ったのよ。あの子とにかく思ったら一途だから。」
姉にしか言えない妹の本質を突いた言葉だった。
「へぇ~、叔母さんかっこいいね。」
「素敵です。」
「私も誰か素敵な人見つけて、この里出たいな~」
それを聞き勘助がオロオロしている。
「おいおい、まだ早いだろ、そんな話...」
「樹之助、誰がいい?」
木葉が三人を指さす。
「馬鹿、突然何言ってんだよ!」
皆笑ってる。
だが、勘助だけは、
「ダメだダメだダメだ!忍びなんかに大事な娘くれてやれるか!」
と一人気色ばんでいる。
「自分も忍びのくせにね~」
娘たちが抗議している。
(素敵な家族だ…)
樹之助は心からそう思った。
翌日
樹之助は“竜光の滝”に向かう。
前日、勘助から「樹三郎は恐らく”竜光の滝”だろう。俺たちの修練の場所だ。菊を葬り、今は正心を破った己を律しているはずだ。」と聞かされていた。
竜光の滝は平成の里の裏山を超えた先にある。
樹之助は、勘助ら家族に礼を言う。
「いつでも来い。」勘助が言う。
「ここをあなたの故郷と思ってね。」日向が優しく手を振る。
「道中お気をつけて」木立が長姉らしいしっかりした口調で言う。
「もう少しいればいいのに…」木陰も名残惜しそうだ。
「・・・」いつも元気な木葉が俯いて一言も発しなかった。
「どうした木葉?いつもの元気は?」
木葉は、ぷぅっと頬を膨らませると日向の背に隠れてしまった。
苦笑いしながら、皆に一礼すると、樹之助は昨日通った平成の里への道へ歩を進めた。
崖を降りる。
登るより降る方が怖い。
おまけに今日は風が強い。
「ひぇ~、街道から行けば良かったかな~」
情けない声を出しつつ、苦無を岩肌に食い込ませながら一歩一歩降りていく。
今日は三人娘のペースについて行く必要がないので、気持ちは楽だ。
その時、
「クスクス・・・」
「樹之助一人だからってダラけてるね。」
「この調子なら街道行くのと大差ないんじゃない。」
聞き覚えのある声が頭上から降ってきた。
上を見上げると崖の上によく似た顔が三つ覗いている。
「うわっ!」
思わず奇声を上げる樹之助。
「ちょっと~、酷くない?」
「せっかくお供についてきてあげたのにね。」
「まるで妖怪にでもあったみたいな声上げて」
そう言ったかと思うと、あっという間に樹之助の横までスルスルと降りてきた。
「ほら、いくぞ樹之助」
「案内して差し上げますわ。」
「ちゃんとついて来いよ」
「またこうなるのかよ~」
樹之助はうんざりした表情をしながらも、内心娘たちの気持ちが嬉しかった。
「よし、走るぞ~!」
樹之助が駆け出す。
「あ、コラ待て~!」
「今日は本気で行きますよ!」
「一番はご褒美ね!」
里山に賑やかな風が駆け抜けていった。
・・・・・
辿り着いた平成の里を横切り、裏山へと分け入る。
鬱蒼とした森を抜け、反対側の斜面に出ると、「ゴ―」っという滝の落ちる音が聞こえてきた。
「あれか」
樹之助が呟く。
「大昔、ここに吸い込まれた者がずっと先の世界に飛ばされたって伝説があったんです。滝つぼを竜の口に見立てて、竜が呑み込む時鋭い光を発するから、竜光の滝って名付けられたみたいですよ。」
木立が丁寧に解説してくれた。
「どこまで行くんだ?」
「竜光の滝の修練場は、滝つぼの横にあるの」
「凄い流量だから、飲み込まれたら遺体は浮かんでこないって話です。」
「昔の忍びはここで様々な荒行をやったんだって。」
「君たちもやったの?」
そう聞くと三人は一斉に首を振る。
「私達は、忍びと言っても戦闘は教わってないんだ。」
「父も母も、もうそう言う忍びの時代じゃないって。」
「だから私たちは、戦わない忍び。」
そう言って笑う。
(それでいい)
樹之助は三人の背を見ながら思う。
(こんな笑い声が、当たり前にある世でいい)
忍びが影で血を流す必要などない世。
誰もが、普通に生きていける世。
(俺は、その為に忍びになる)
胸の奥で、はっきりと形が見えた。。
それが、今の自分の正心だと。




