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第21話 百地三太夫

(とと)~!樹之助連れてきたよ~。」

「樹之助さん、平成の里への道ついてきたんですよ。」

「忍びの端くれ~」


そう言って三人が入って行った家は里の真ん中にあった。


「こら、年上の方になんて口の利き方するんだ。」


どことなく聞き覚えのある声。


そう言いながら玄関先まで出てきた男を見て、樹之助は目を丸くする。


「あ、あんたは...」


「また会ったな」


そう言って微笑を向けてくる男は、昨日名張(なばり)で会い、百地砦跡で窮地(きゅうち)を救ってくれた行商人勘助だった。


「うちらの(とと)だよ。」


木葉(このは)が笑顔で紹介する。


「え…お父さん?じゃあ…忍び?」


頭がついて行かない樹之助。


「まぁ、込み入った話は中でゆっくり話そう。」


そう言うと勘助は家の中に入って行く。


「どうぞ」


木立(こだち)(いざな)う。


中は薄暗く、囲炉裏がある以外は、他は特に目立ったものがない。


「あの道を来たんだってな。この娘らと一緒なら大変だったろう。」


「えぇ、まぁ...」


樹之助は苦笑いして三人を見る。


「ちゃんと手加減して走ったよ~」

「樹之助さんさすがでしたよ。」

「まぁ、最後まで走れたのは認める。」


「こら、お前たちは!父は樹之助殿と話がある。お前達は畑仕事でも手伝ってきなさい。」


「ええ~」木葉(このは)木陰(こかげ)が不服そうに声を発するが、木立(こだち)が二人の背を押しながら「わかりました。ほら、樹之助さんとはまた後からお話しましょう。」となだめすかし外に出て行った。


「困った娘達でね...」


勘助が樹之助の方をみてほほ笑む。


「いえ、明るくて素敵な娘さん達だ。自分は一人だから、あんな姉妹羨ましい...」


樹之助は自分が座っている熊の敷皮に目を落とす。


そして、その毛を手で触って感触を確かめていると、

「そいつは、昔樹三郎が仕留めた熊だ。」

と勘助が言った。


「え!?」


樹之助が動揺する。


「親父がここで暮らしていた...?」


「そうだ。樹三郎が今のお前よりまだ若い頃、忍術修行の為五年間この里で過ごしたんだ。」


そんな話父から聞いたことがなかった。


「俺と樹三郎は同い年で、一緒に修行したもんだよ。」


「あ、あなたは百地(ももち)忍びの?」


「あぁ。三太夫(さんだゆう)を継いでいる。だがそれは忍び名で、通称は桃内(ももうち)勘助だ。」


「桃内?」


「百地と名乗れば色々不都合なことがあった時代もあってな。韻が似ている桃内という姓にしたらしい。」


信長の時代は忍びに対する風当たりが強かったと聞く。


伊賀の忍び達は、本名を隠し潜伏したのだろう。


「もう二百年以上昔の話だ。いまとなっては百地と言われても反応できんかもしれん。」


勘助が自嘲気味に笑う。


「どうりで、あの砦で猪に(つぶて)を当てられるわけだ。追いついてくる足も常人だと思えなかったし。」


「なかなかの観察眼だな。あの場で名乗ってここまで案内しても良かったんだが、折角一人でここまで来たんだ。最後まで自力で来た方がいいと思ってな。」


樹之助も頷く。


その時、台所の方から

「…失礼します」

と言って、入ってくる人影があった。


勘助の妻か?

お盆に茶と茶菓子を乗せて運んでくる。


樹之助は、「どうぞ」と目の前に茶を出された時、「ありがとうございます」と一礼し、その顔を見た。


瞬間、息が止まる。


「か…母さん!?」


樹之助が思わずそう呼びかけたのに、勘助も当の女性も驚かない。


「…やはり似てるか?」


勘助が樹之助に問いかける。


樹之助は呆然として、言葉が出ない。


(やはり?)


女性は勘助の前にも茶を置くと、その横に座った。


「これは俺の妻で日向(ひなた)という。お前の母、菊の姉だ。」


「!!」


樹之助が絶句している。


日向が樹之助を見つめる。


「苦労したんだね。樹之助...」


慈愛に満ちた声音でそう言われた時、樹之助の涙腺は崩壊した。


まるで母が、樹之助に語りかけているようだった…


突っ伏して嗚咽(おえつ)をあげる樹之助に、勘助は語りかける。


「俺が百地三太夫を継いでいると言ったが、本当の百地の血を引いているのは日向と菊なのだ。」


勘助は続ける。


「俺は、この地の元忍びの家系ではあったが、その頃はただの農民だった。俺が十歳くらいのころ、樹三郎が京都から忍術修行に先代の所へやってきたんだ。」


樹之助は頬の涙を拭いながら、起き上がり勘助の言葉に聞き入る。


「先代は当時里の若い衆何人か、見込みのありそうな者を選抜して、樹三郎とともに鍛えた。だが、『もう世の中に必要とされない忍びの修行より畑を耕していた方がいい』という連中がほとんどでな。結局最後に残ったのが樹三郎と俺、というわけだ。」


樹之助は全てが初耳だった。


「忍びとしての技量は、樹三郎がずっと上だったよ。だが、樹三郎は京都に戻って石川の家を継がなければならない宿命だった。だから、この地に残る俺が、百地を継いだというわけだ。」


「それで勘助さんは日向さん、親父は母さんと...」


「あぁ。自然にそうなった感じだが、きっとこいつは樹三郎に惚れていたはずだ。」


そう言って勘助が日向を見やると、日向は真顔で、

「そのような事、(たわむ)れでも申されるな。私はお前様を好いて夫婦(めおと)となったのです。」

とピシャリと言った。


「そうかそうか。そりゃ嬉しいのぅ。」


勘助は頭を掻いている。

どうやら奥方に頭が上がらないようだ。


「樹之助...菊は...、母さんはどのような最期でしたか?」


日向が問うと、樹之助は母との最期の場面を話して聞かせた。


「…人の道に背いてはならぬ。あの子らしい...」


日向は涙し菊を(しの)んでいた。


母の思い出話をひとしきりした後、樹之助は核心に触れた。


「父は、今どこにいますか?」


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