第20話 風の里
「おーい、ついてきてるか~、樹之助?」
「もう少しだからがんばれ樹之助!」
前を行く木葉と木陰が時折振り向きながら声をかける。
樹之助は忍びとして鍛錬してきた身体能力に、いささかの自信があった。
京都界隈で自分のような働きができる者を見たことはなかった。
だけど・・・
この三人の女狐達は別次元だった。
樹之助は娘たちを見失わないよう、ついて行くのに必死だったが、三人は疲れる様子もまったく見せず、「キャッキャッ」とふざけ合いながら進んでいく。
森の奥へ入れば入るほど、道のりは険しさを増していく。
もはや獣道とも言えない、草むらの中を走り、時折木や岩を飛び越えて進んでいく。
急な山道を駆け通しで足がパンパンだった。
肺が痛い。
それなのに木葉と木陰は、時折木に飛び移り、蔓を伝って他の木に飛び移りながら
「テヤー!」とか「トー!」と言いながら、木の実や小枝を投げ合っている。
(俺は全力で走っているのに、こいつら余裕だな...)
樹之助は内心舌を巻いた。
「樹之助さん、あの娘達は気にしないで。自分の速度で走ってください。」
後ろの木立が樹之助の胸の内を見透かしたように忠告してくれる。
「あぁ、でも…凄いな君たち...。」
「ふふふ、これでも樹之助さんに合わせているんだと思いますよ、あの二人。」
(優しい声音でこちらの心をへし折ることを平気で言う...)
樹之助は苦笑いするしかなかった。
「樹之助、見て見て~。野苺~。」
前を行っていると思っていた木葉の声が突然後ろからする。
振り向いた樹之助の口に甘酸っぱい味が広がる。
「元気出た?」
木葉が満面の笑みでこっちを見てる。
「…あぁ、ありがとう」
「えへへ。」
木葉はまた風のように前の方へ飛んで行った。
(まさに風の忍びだな...)
最後の関門、切り立った崖を登る。
樹之助は一か所ずつ慎重に指を掛け、足場を確認しながら登っていくのに、三人は蜘蛛が壁を這っていくようにスイスイ登る。
「コラ、遅いからって、下から覗くなよ!」
前を行く木陰が茶化してくるが、もう樹之助に返事をする余裕はない。
(この高さから落ちたら死ぬな...)
そう思いながら、疲労のたまった手足に力をこめる。
後ろから見守るようについて来ている木立が
「樹之助さん、この崖越えたら着きますよ。」
前を行く二人も茶化せる雰囲気じゃないことを悟り、
「がんばれ樹之助!」
「あとちょっとだぞ樹之助!」
と励ましてくれる。
最後の断崖を上りきって、倒れこんだとき、三人が樹之助を覗き込んで言った。
「がんばったな樹之助!」
「着きましたよ、樹之助さん。」
「なかなか良い根性だ!」
そして声を揃えて言った。
『ここが“風の里”だ!』
「風の…里...?」
ゆっくりと体を起こしながら樹之助は、登ってきた崖と反対側の谷を見下ろした。
眼下に広がる小さな集落。
四方から山の風が舞い込むが、里の所で打ち消し合い、里は無風という不思議な空間だった。
「…そこそこ人が住んでいるようだけど、皆忍びなのか?あんな険しい道のり普通の人はたどり着けないぞ?」
樹之助がまだ整わない息で問いかけると、三人はほんの少し、気まずそうに口を開く。
「実はね…」
「言いにくいんだけどね……」
「里の反対側はね…」
・・・しばし沈黙
『街道に繋がってるの!』
「…は!?」
樹之助の思考が止まる。
「この道はね...」
「平成の里に行くための道でね...」
「今は私たちくらいしか通らないの...」
気まずい沈黙が流れる…
力が抜けた。
樹之助はその場にへたり込む。
「それ...先に言えよ~」
心の底から漏れた声だった。
三人は、ばつの悪そうな顔をした。
だが次の瞬間…
「でもねでもね!」
「すごいですよ樹之助さん!」
「初見でこの道、最後まで来た人初めて見た!」
三人の表情がぱっと明るくなる。
「街道から回ったらね」
「半日はかかるよ!」
慰めなのか、自慢なのか。
だがその声音には、ほんの少し認める色が、確かに混じっていた。
樹之助は顔を上げた。
「そうかよ…」
苦笑が漏れる。
「だったらまあ…無駄じゃなかったってことにしとくか」
三人はは満足げにうなずく。
そして、木葉と木陰がぴたりと息を合わせて言った。
「ということで!」
「樹之助を!」
『忍びの端くれと、認めまーす!』
樹之助の左眉がピクっと上がる。
「端くれは…余計だろ!」
樹之助が勢いよく立ち上がる。
二人は一瞬だけ顔を見合わせ
「きゃー」
「怒った怒った」
くるりと背を向け、走り出した。
「コラ、待て~!」
樹之助が後を追う。
木立が微笑みながら、後ろからついて行った。
木漏れ日の中へ。
樹之助のさっきまでの疲労は、どこかへ消えていた。
(まあ、いいか…)
自然と笑みが漏れる。
風の里へ、足を踏み入れる。
その瞬間
空気が、わずかに変わった気がした。




