第19話 女狐(その三)
里の神社を出た樹之助は、思わず息を飲んだ。
そこは昨夜見た景色とは、まるで別の場所のようだった。
木々の隙間から差し込む陽光。
その光の粒が、地面に淡く広がっている。
(…神々しい)
思わずそう感じるほどの光景だった。
樹之助は胸いっぱいに空気を吸い込む。
(うまい!)
空気に味がある。
そんな感覚を、初めて覚えた。
里の空気を目いっぱい堪能した後、樹之助は振り返った。
陽の光の下で見る女狐…、もとい、三人娘は可愛らしいどこにでもいそうな娘達だった。
「姉妹なのか?」
「そうでーす」
「そうです。」
「そうそう。」
「いっぺんに喋るな!」
「名前は?」
「木葉」
「木立」
「木陰」
一度に答えられると、誰が誰かはわからないが、3人の名前だけは聞き取った。
「ゴエモンは?」
「忍び名でしょ。」
「本当の名前は?」
「樹之助だ...」
「いい名前~」
「樹三郎さんに似てますね~」
「そりゃ親子だもん」
こういう会話をしていると、昨夜の妖艶な姿が嘘のようだ。
「いくつだ?」
樹之助が何気なく聞いた?
「サイテー」
「女性に年を聞くものじゃありません。」
「忍びの技術は年齢じゃないのよ。」
けんもほろろだ。
「じゃあ一番上の姉さんは?」
一瞬二人が向かって右端の娘に視線を移すのを樹之助は見逃さなかった。
「はい、君ね。確か、木立!だったよな?」
「正解!」
「すごいね樹之助!」
「なかなか鋭い。」
「それじゃあ、確か君は木葉だったね。君は末っ子だろ?」
「おお、またも正解!」
「今度は皆の表情も見てないのにどうしてですか?」
「当てずっぽうなんじゃないの?」
「ふふん、それは簡単。一番言葉が子供っぽい。」
「なにお~!」
「ふふ、よく見てますね。」
「木葉はまだガキだからな。」
「そして君が木陰か。一番我が道を行く感じ。真ん中っぽい。」
「ふふふ、木陰姉の特徴もよくとらえてる」
「木陰の性格通りの分析です。」
「なんか私協調性ないみたいな言い方…」
年はわからないが、恐らくそんな差はない。
パッと見ただけなら三つ子のようにも思える。
(だけど、話してみると各々特徴がある)
樹之助は三人を微笑ましく見ている
服装は紫色の忍び装束に鹿の皮の陣羽織を羽織っている。
樹之助の目には木立が十六~七で同年代くらい。
あとは年子という感じに見えた。
樹之助のそんな観察眼に木葉が気づく。
「樹之助、今いやらしい目で見てたでしょ?」
「はぁ?誰がお前のような小娘!」
「あら、樹之助さん、そんな言い方よくないですよ。」
「そうそう、ウチラもうお嫁に行ける年頃よ。」
だめだ、女三人の口撃に敵うはずない。
「よし、もういい。君らの里に案内してくれ。」
樹之助が神社の階段を降り始めると、末っ子の木葉が先頭切って樹之助を追い越していく。
木陰がそれに続き、木立は一歩引いて樹之助の斜め後ろを付いてくる。
「ちゃんと役割分担あるんだな。」
振り返りながら長姉の木立に話しかける。
「なんだか、自然にそうなるんです。」
「…いいな、姉妹って。」
「樹之助さんご兄弟はいないんですか?」
「あぁ、一人だ。母も亡くなった。そして...」
(父も...)言いかけて言葉を飲み込む。
「早く来なよ~樹之助~!」
前で木葉が手を振っている。
「よし、駆けるぞ!」
樹之助が一気に木葉と木陰を追い越していく。
「あ、待て樹之助!」
「道に迷うぞ樹之助!」
慌てた声の木葉と木陰
次の瞬間には、二人がするりと前に回り込んでいた。
気配も、足音もない。
(……速い)
二人は顔を見合わせ、にやりと笑う。
「こっちだよ!」
そう言って、森の奥へと駆けていく。
木立が二人を見守るように後ろから付いてくる。
四人は木漏れ日の中、溶けるように森の中へと消えて行った。




