第18話 女狐(その二)
樹之助の体はまだ覚醒していない。
(強がってはみたものの、今攻撃されたら終わりだな...)
樹之助はキョロキョロと目を必死に動かし、3人の襲撃に備えている。
だが絶体絶命の窮地にいながら、樹之助は溢れ出てくる喜びの感情を抑えきれない。
(やっぱ伊賀にはまだ俺以外にも忍びがいるんだ!)
女狐達が顔を見合わせた。
互いに頷き合うと、音も無くスルスルと下がっていく。
やがて扉が閉じられ、辺りは静寂の闇が戻った。
(なんだったんだ、あれ...)
樹之助は唖然としている。
(夢だったのか?)
そう思ったが、自ら突き刺した左手の痛みで、それが夢ではないと思い直した。
とりあえず腕に止血を施し、外に枯れ枝を拾いに行くことにした。
辺りにまだ女狐がいるかもしれない。
足元もフラつく。
警戒しながら枯葉と枯れ枝を拾い、囲炉裏にくべ火を起こす。
冷え切った体がやっとひとごこちつく。
燃える火を見つめながら、樹之助はあらためてさっきの状況を思い返していた。
あれは幻覚だったのか?
1人が3人に分身するなんて、講談の中の分身の術だ。
だが、現実の忍びにそんなことはあり得ない。
(恐らく親父が使ったのと同じ、神経毒を使った幻術...)
けど、何のために…
敵なら右手しか動かない状況の樹之助を簡単に始末できたはずだ。
(ここはこの里で唯一廃れていない。誰かが守っているのか...。)
樹之助はあらためて中を見回す。
殺風景だが定期的に手入れされている感じはした。
「また、出てくるかな...」
そう思いながら樹之助は囲炉裏に小枝をくべた。
パチリと弾ける音が広い室内に響いた。
・・・・・
「寝てるよ…」
「あんなことあったのによく寝れるよね」
「効いてないのかな…?」
樹之助はいつの間にか眠っていた。
疲れと温かさでついついうたた寝してしまっていた。
目を覚ました時、囲炉裏の火はすっかり消えていた。
壁板の破れ目から朝の光が差し込んでいる。
「お、朝か...」
樹之助は起き上がり大きく伸びをした。
「イツッ!」
左手の傷が痛んだ。
「夢じゃなかったんだな...」
樹之助はそっと左手の傷口をさすった。
するとどこからかクスクスという笑い声が聞こえた気がした。
「夢じゃないよ~」
「あなたは誰ですか~?」
「忍びとか言ってたね~。意味わかって言っているのかな~?」
途端に警戒態勢に入る樹之助。
「昨日の女狐か?」
あたりに叫ぶ樹之助。
「コンコン」
「そうで~す。」
「早くお帰り~」
姿は見えないが、同じ声音が室内あちこちからこだまするように問いかけてくる。
「何のためにこんなことするんだ?悪戯か?」
「酷いな~、悪戯なんて...」
「結構大変なのにね...」
「ここを守る為だよ~」
樹之助は核心をつく質問をした。
「ここは“平成の里”なのか?」
答えが帰って来ない。
質問を変える。
「風の忍びは今もいるのか?」
しばしの沈黙が流れる。
「…あなたは、誰なの?」
「ただの迷い人では無さそうですね。」
「あなたこそ忍びなの?」
樹之助は慎重に答える。
「石川…ゴエモン。と言えばわかるか?」
声には出さない動揺が広がっているのがわかる。
「ゴエモン…京都の?」
「当代のゴエモンというわけですね。」
「それならここに来るのもわかるわ。」
瞬間、樹之助の肩に誰かの手が触れた。
驚き、前に転がるように身をかわし元居た場所を見る。
昨夜の女狐!
思った瞬間、またも背後から誰かが触れる。
今度は右に回転し向き直る。
そこにも女狐の姿。
(ということは、)
樹之助は素早く自分の肩に手をやる。
細い女狐の手を掴んだ。
「嫌だ~。捕まっちゃった~。」
「同じ手は三度も喰わん!」
だが女狐は樹之助の手を振りほどくと、一躍し、二人の元に戻った。
「やるね。」
「そこそこ」
「さすがゴエモン」
「お前たちは...?百地の末裔か?」
「鋭い!」
「よくわかりましたね。」
「まんざら馬鹿じゃないのね。」
樹之助は自身の勘に満足した。
「でもここは人の生活の気配がない。お前たちどこから来た?」
「えっと、ここは随分前に引越したの。」
「でも始まりの地として、この神社だけは朽ち果てないよう見守っているのです。」
「悪い人が住み着いたりしないようにね。」
なるほど、それならこの状況が理解できる。
「俺は親父を探してきたんだ。お前たちの集落に最近誰か来なかったか?」
「来たよ~」
「樹三郎さんですね。」
「あなたのお父上だったの?」
父の名を知っている!
ちょっと驚きだった。
「なぁ、そこにはきっとお前たちの頭領がいるんだろ?俺をそこに連れて行ってくれないか?」
三人は顔を見合わせている。
「ゴエモンならいいんじゃない?」
「同じ風だしね。」
「でもついてこれるかな?」
ゴニョゴニョと作戦会議の末、結論が出たようだ。
「はーい。それではゴエモンを連れて行きまーす。」
「でも道のりは結構険しいですよ。ついてこれますかね?」
「遅れたり、脱落したら置いていくのでそのつもりで。」
(馬鹿にするなよ。京の風の力見せてやる)
樹之助は自信があった。
この時までは...




