第14話 旅立ち
「しばらく留守にするぜ!」
鴨川の乞食集落
樹之助は餞別代りに大量の団子を買い込み、住民たちに配った。
「どこいくんだよ?」
四門が団子を頬張りながら聞いてくる。
「南だ。」
「なんだその半端な物言い?」
四門が不思議そうな顔で覗き込む。
「どこに行きつくかわかんねぇんだよ。自分が何者か...見つけたいんだ。」
樹之助も笑いながら答える。
「何小難しいこと言ってんだよ。お前は樹之助…...あれ?他には?」
「それだよ。お前には泥棒って立派な肩書があるけど、俺にはない。」
「いや、泥棒を立派って言われてもな~」
四門も訳が分からなくなっている。
「俺はこういう男だってのが、今はないんだよ。」
「ふーん。お伊勢さんにでも行って神託受けるのか?」
「みたいなもんだ。」
樹之助がこの話を切り上げようとした時、
「樹之助。お前...」
と言って、イシキリが真面目な顔つきで近づいてきた。
「ちょ、イシキリ、近いって。」
樹之助が顔を背けようとする。
「男になったな。」
「は~!?」
四門が食いついてくる。
「おいおい、相手はどこの誰だよ?まさかカタギの女じゃないだろ?」
「何言ってるんだよ!イシキリもいい加減なこと言うなよ!」
そう言って顔を真っ赤にして気色ばむ樹之助に、イシキリは笑いながら声かける。
「親父の後を追うのか?」
樹之助も真顔に戻り、「ああ」と短く答える。
「世の中には知らない方がいいこともある。知ってしまったがために、思い悩み、道を踏み誤ることもな。」
樹之助は黙って頷く。
「だが、知らずに平穏に過ごすより、知って苦しむ方が人として成長できる。」
「イシキリのじいさん坊主みたいなこと言ってらぁ。」
四門が茶化す。
「…らしい」
気恥ずかしくなったのか、イシキリがごまかした。
それを見て樹之助も四門も笑う。
「とにかく、お前はまだ若い。ちゃんと親父と話してこれからの自分の道を見つけてこい。」
「ありがとう、二人とも。」
礼を言うと、樹之助は踵を返し、鴨川を後にした。
旅装は昨日整えていた。
背には父が残した革袋。
樹之助は旅どころか、京都を出るのも初めてだった。
江戸時代、庶民の娯楽として旅行が流行した。
中でも伊勢参りは、当時の人々が人生一度は行きたいという、最も人気の地であった。
伊勢への旅人が行き交う大和本街道は、道々に土産物屋や露店が並び、縁日の出店が続いているような錯覚を覚える。
そんな街道の風情すべてが物珍しく、樹之助は心が浮き立つのを押さえられなかった。
目指すは伊賀“平成の里”。
今もあるかわからない、風の忍びの発生の地。
260年の太平の間、既に無くなっているという噂も父から聞いたことがあった。
父が「故郷に帰る」といい残したことが、樹之助は気になっていた。
(親父の故郷は京だ。それ以外に故郷と呼べるのは、平成の里しかない...)
樹之助は確信めいたものがあった。
京を出た初日の夜、樹之助は古都奈良の旅籠に草鞋を脱いだ。
旅塵にまみれた体を流したかったので、風呂に入ろうと思ったが、旅篭の風呂は狭く、また大勢が同じ湯につかる湯はとても綺麗とは言えない状態だった。
「それなら湯屋に行かれるがよろし。」
旅篭の女中が教えてくれた。
奈良ほどの町で、旅行客も多い所である。
大浴場を備えた湯屋が何か所もあった。
女中におすすめの湯屋を聞き、樹之助は手拭い一本持って旅篭を出た。
興福寺の五重塔が、夕焼けをバックに黒い影として浮かび上がっている。
夕涼みに丁度いい道のりだった。
番台で金を払い、脱衣場の籠に衣服を脱ぐ。
結構混んでいる。
鍵付きのロッカーなど無い時代だ。
樹之助は財布を籠に入れず紐で首からぶら下げた。
籠も衣服が盗まれぬよう、番台から目に付きやすい場所に置いた。
風呂の中は薄暗く、ところどころ蝋燭が灯っているが、足元はかなり危うい。
手桶で風呂の湯を掬い足を洗ってから湯に浸かった。
湯は少し熱めで、恐らく温泉なのだろう。
思わず「ク、ク~」と呻き声が漏れる。
その声に、暗がりで良く見えていなかったが、右手奥に浸かっている男が声を掛けてきた。
「兄さん、こんくらいの湯でそんな声出しちょったら、世の温泉には入れんぜよ。」
と笑いながら話しかけてくる影。
(変なやつ)
樹之助は返事もせずゆっくり湯に浸かる。
「お伊勢さんかね?」
影がまた話しかけてくる。
ちょっと相手するのが面倒くさい思いもあったが、あまり無視するのもと思い、
「いいや。伊賀だ。」
と答える。
「ほお、伊賀かえ。ほいたら祖先は伊賀者かえ?」
まずい、影男の火に油だ。
「さ、さぁ、どうかな?聞いたことないけど。」
話題を打ち切ろうとしたが、影男は止まらない。
「わしゃあ、講談で聞いた猿飛佐助いうのに憧れちょったの~。木で作った手裏剣投げたり、山で木に登っては飛び降りたりしての~」
まずいまずい、これいつまで続くんだ…
樹之助は話を切るように「お先に」と言って湯から上がろうとした。
次の瞬間、影男も湯からたちあがり
「よし、背中流しちゃる。」
と言い近寄ってくる。
「いやいや結構。」
「遠慮すな。旅は道連れぜよ。」
そう言って湯から上がると、影男はかなりの大男だった。
旅の道中焼けか、もともと南国の出か、全身赤黒く焼けている。
体も筋肉の塊で、髪の毛が撃剣の面ずれで縮れ、体のいたるところに竹刀で撃たれたミミズ腫れの跡があった。
(かなりの剣客だな…)
樹之助は瞬時に覚った。
だが、これまで会った沖田や土方のような冷たさが感じられない。
湯から上がっても一人で喋っている。
根っからの明るさのようなものを感じた。
剣客は寡黙で自分に厳しい。
そんなイメージを根底から覆すような男だった。
別れ際、男は「わしゃあ土佐の才谷梅太郎ちゅうもんじゃ。おまんは?」
と問われたので、
「石川樹之助だ。」
と答えた。
「生きていたらまた会おう。」
そう言って才谷は手を振り去っていった。
才谷…
この時の樹之助は、この男が陽気な剣客だという印象しか残っていなかった。
この男が後に樹之助の考えに大きな影響を与えるとも露知らず...




