墓標に咲く花、あるいは静寂の庭
崩壊する中央墓所から漏れ出したエネルギーの余波が、夜空を毒々しい紫色に染め上げていた。
佐藤と一ノ瀬を乗せた巨神兵は、最後の力を振り絞るようにして、かつての宿舎の廃墟――その屋上に残された唯一の聖域「庭」へと辿り着く。
ドーム状の防壁に守られたその場所だけが、世界OSの断末魔からも、暴徒化した民衆の悲鳴からも隔離されていた。
「……着いたよ、一ノ瀬」
佐藤がそう告げたとき、巨神兵の巨体は砂が崩れるように風化を始めた。一ノ瀬の精神波という「燃料」を使い果たし、役割を終えたのだ。二人は重なり合うようにして、庭の土の上に投げ出される。
「あはは……。見て、佐藤くん。あんなに大切に育てていた花が、少し枯れちゃってる」
一ノ瀬は弱々しく笑い、土を指でなぞる。システムとのリンクが切れた彼女の肌は、もはや聖女の輝きを失い、青白く、ひどく脆い。
そこへ、一隻の管理艇が音もなく降下してきた。
現れたのは、煤に汚れながらも凛とした表情を崩さない高城だった。彼女の背後には、かろうじて理性を保った数名の衛兵が控えている。
「佐藤……。世界は今、地獄そのものよ。あなたが奪った『快楽』の代わりに、人々は互いの肉を食い合うような憎悪を吐き出している。満足? これがあなたの望んだ『汚れた自由』の結果よ」
佐藤は一ノ瀬を抱き寄せたまま、ゆっくりと立ち上がった。その瞳には、かつての冷徹な教師の影はなく、ただ一人の女を愛し抜く決意を固めた、狂気すら孕んだ光があった。
「高城、君ならこの地獄の後始末ができるはずだ。……支配しろ。管理しろ。だが、二度と『一ノ瀬』という毒をシステムに組み込むことは許さない」
「……言われなくてもそうするわ。私はあなたたちとは違う。絶望の中でも、この種の死骸を動かし続ける義務があるから」
高城は蔑むように鼻で笑い、けれど去り際、一ノ瀬の元へ一つの小さなケースを投げた。
それは、かつて没収されていた「あの日」のリングだった。
「……せめて、その小さな箱庭の中でだけは、人間らしくいなさい」
管理艇が去り、再び訪れた静寂。
佐藤はケースからリングを取り出し、一ノ瀬の震える薬指に滑り込ませた。
「一ノ瀬。……もう、世界を救う必要はない」
「……うん。……佐藤くん。私、すごく……怖い。……寂しくて、体が痛いよ」
「ああ、僕もだ。……だから、重なろう。……システムの信号じゃない、君の本当の鼓動が聞きたい」
二人は、月明かりの下、枯れかけた花々に囲まれながら、初めて「救済」でも「治療」でもない、ただの孤独な男女として互いの体温を求め合った。




