去勢された楽園の崩壊、あるいは肉体の反乱
世界から「一ノ瀬」という名の麻薬が消えた。
中央墓所の崩壊と共に、世界OSを介した脳内報酬系への直接アクセスが遮断される。それは人類にとって、数世紀にわたる「快楽のゆりかご」から、極寒の荒野へ放り出されることを意味していた。
地上の至る所で、人々は狼狽し、震えていた。
一ノ瀬の精神波による「聖女の処方」を受けていた男性たちは、突如として襲いかかる激しい虚無感と、再発した射精障害、EDの重圧に押しつぶされる。彼らにとって、彼女なしの現実は、色彩を失った砂漠に等しかった。
「……あ……ああ……。何も、感じない……。あんなに、あんなに熱かったのに……!」
かつて神格化された「聖女」を求めて巡礼していた信者たちは、今や禁断症状に苦しむ廃人と化し、泥を啜りながら彼女の幻影を追い求めて彷徨う。
巨神兵の肩の上で、一ノ瀬はその光景を静かに見下ろしていた。彼女自身のバイタルもまた、OSとの強制切断によって衰弱し、かつての「聖母」のような輝きは失われ、ただの傷ついた少女の姿があった。
「佐藤くん……見て。みんな、あんなに苦しんでいるわ。……私たちが、あの人たちの『幸せ』を奪ってしまったのね」
「幸せではない。それはただの『依存』だ、一ノ瀬」
佐藤は彼女を後ろから抱きしめ、その冷たくなった指先を自分の体温で温める。
「彼らは今、初めて自分の『欠陥』と向き合っている。……誰かに与えられた快楽ではなく、自分自身の肉体が叫ぶ、汚れた、不自由な欲求に。……ここからが、本当の地獄であり、本当の人生だ」
空は、かつてのデジタルな「青き清浄」ではなく、厚い雲に覆われた灰色に濁っている。
だが、その絶望的な静寂の中で、ある男が、震える手で隣にいる女性の肩に触れた。システムによる強制的な興奮ではなく、ただ「一人が怖い」という原始的な恐怖から生まれた、拙い接触。
佐藤はその光景を見届け、一ノ瀬の耳元で囁いた。
「授業の続きだ、一ノ瀬。……次は、痛みを分かち合う方法を教えよう」




