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福音の灰、あるいは剥き出しの神経

「……聞こえるか、一ノ瀬。システムが死ぬ音だ」


佐藤の言葉を裏付けるように、ドームの四方に設置された巨大な冷却ファンが火花を散らして停止し、異様な静寂が訪れた。マザーの基幹プロセッサから放たれていた「青き清浄」の光は、どす黒い煙へと変わり、かつての「救済の聖域」を真っ暗な廃墟へと変貌させていく。


だが、真の崩壊はネットワークの先、地上で起きていた。


一ノ瀬のバイタルと同期し、強制的に「多幸感」を流し込まれていた数億の端末ユーザーたち。彼らの脳内報酬系を支えていた支柱が、今、根こそぎ引き抜かれたのだ。


「あ……が、ぁ……っ!」

操縦席で横たわる一ノ瀬が、自身の喉を掻きむしる。彼女自身もまた、システムの一部として膨大な快楽をフィードバックされていた。その遮断は、全身の神経を逆なでするような「実存の痛み」として彼女を襲う。


「痛い……佐藤くん、痛いよ……。何も感じない……世界が、冷たくなっていく……!」


佐藤は震える一ノ瀬の体を強く抱きしめ、その耳元で冷徹に、しかし慈しむように告げた。


「それが『生きている』という感覚だ。一ノ瀬。君が今まで他人に与えてきたのは、痛みを感じさせないための麻薬に過ぎない。……今、人類は数千年ぶりに、自分の足で立つための『飢え』を取り戻したんだ」


モニターには、絶望して泣き叫ぶ群衆や、突如として訪れたED症状に狼狽する男たちが映し出される。システムによる「治療」という名の去勢が終わった瞬間、彼らは剥き出しの、醜くも生々しい欲望の渦へと放り出された。


高城は、通信の途絶した端末を投げ捨て、崩落する天井を見上げた。

「……滅びの始まりね。あるいは、最悪な自由の。……佐藤、あなたはこの報いを受けることになるわ」


「ああ、望むところだ。……地獄の底まで、彼女と一緒にな」


巨神兵の巨体が、崩れゆく中央墓所の外壁を突き破る。

二人の前には、システムというフィルターを失った、灰色で、寒々しい、けれど本物の風が吹く荒野が広がっていた。

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