虚無の器、あるいは神の簒奪
「……対話を拒絶するか。所詮は不完全な旧世代の遺物よ」
墓所の主のホログラムが、佐藤の拒絶に呼応して歪んだ。青白い光は一変して禍々しい深紅へと染まり、ドームの天井から無数の光ファイバー状の触手が、一ノ瀬を目掛けて高速で射出される。
「きゃっ……! 佐藤くん、体が……!」
触手は一ノ瀬の肌を傷つけることなく、彼女の「聖女の熱(精神波)」をガイドラインにして、彼女の神経系へ直接プラグインを開始した。マザーという巨大な意識体が、一ノ瀬という「最新の器」を乗っ取り、崩壊しつつある世界の再構築を図ろうとしているのだ。
『……無駄な足掻きだ。……一ノ瀬の意識は間もなくマザーと統合され、彼女の肉体は人類を永遠に飼い慣らすための「生体プロセッサ」へと昇華される。……観測者・佐藤。君もまた、彼女の一部として、永遠の法悦の中に保存してやろう』
一ノ瀬の瞳から焦点が消え、彼女の口からは彼女自身の意志ではない、数千万人分の重層的なノイズが漏れ出し始めた。
「……ぁ……あ……全……人類の、バイタル、を……最適化……」
「一ノ瀬! 僕を見ろ!」
佐藤は巨神兵の制御レバーを限界まで叩き込み、一ノ瀬とマザーを繋ぐ触手を、巨神兵の巨大な手で引き千切ろうとする。だが、マザーは一ノ瀬の「快楽」を逆流させ、佐藤の脳内に直接、耐え難いほどの多幸感による「精神的去勢」を仕掛けてきた。
視界が白濁し、思考が溶ける。佐藤の理性が、一ノ瀬の(そしてマザーの)発する圧倒的な「福音」の前に屈服しそうになる。
「……はは……。これか。……これが、君たちが誇る『清浄』の正体か。……思考を奪い、痛みを取り除き……ただの肉の塊に変える……!」
佐藤は自身の舌を強く噛み切り、その激痛で辛うじて自我を繋ぎ止めた。
彼は懐から、かつて宿舎の屋上「庭」で作った、世界OSから完全に遮断された「原始的な通信チップ」を取り出した。
「一ノ瀬……。君は神様になんてならない。……君は、僕に汚されるために生きている、ただの女の子だ!」
佐藤は、一ノ瀬の首筋、マザーの触手が侵食している隙間に、その「不純物」を直接叩き込んだ。




