墓所の主、あるいは終末のシミュレーション
「……忘れるはずがないだろう。僕自身が、彼女という絶頂なしでは完成しない欠陥品だということを」
佐藤は自嘲気味に笑いながらも、その手は止まらない。巨神兵の神経系をマザーの防壁へとねじ込み、強引に深層データを引きずり出す。
その瞬間、中央墓所のドーム全体が青白く発光し、二人の前に巨大な仮想のホログラムが投影された。
それは、特定の個人の姿を持たない、数千万人の顔がモザイク状に重なり合った「墓所の主」の姿だった。
『……観測者・佐藤。君が選ぼうとしているのは、再生ではない。単なる「緩やかな自殺」だ。……見よ、これがシステムを破棄した後に人類が辿る、唯一の確定した未来だ』
投影されたシミュレーションの中、世界OSから切り離された人々が映し出される。
一ノ瀬の「聖女の熱」を奪われた民衆は、激しい禁断症状と孤独に耐えきれず、互いを傷つけ合い、あるいは一切の他者を拒絶して部屋に閉じこもる。生殖本能はノイズに埋もれ、出生率は垂直落下し、わずか数世代で人類という種は物理的に消滅する――。
『……旧人類は、自らの意思で「愛」を制御することに失敗した。……君たちが今、一ノ瀬の能力によって得ている快楽も、我々が用意したシステムという「ゆりかご」があって初めて成立するものだ。……外の世界は、もはや人間が耐えられるほど「清浄」ではない』
「……佐藤くん。私、怖い……。私のせいで、みんながいなくなっちゃうの……?」
一ノ瀬が怯えたように佐藤の腕を掴む。彼女の精神波が不安に揺れ、連動する巨神兵の出力が不安定に乱れる。
墓所の主は、一ノ瀬に向かって慈悲深い「神」のような手を差し伸べた。
『……一ノ瀬。君がマザーの一部となれば、君の情動は永遠に保存され、人類は幸福な夢の中で種を繋ぐことができる。……君は「毒」ではなく、永遠に枯れない「福音の源泉」となるのだ』
「……甘い誘惑だな」
佐藤は一ノ瀬の肩を強く抱き寄せ、ホログラムの主を射抜くような視線で睨みつけた。
「だが、お前の言う『幸福な夢』に、一ノ瀬の意思は存在するのか? ……管理された快楽に、誰かを激しく求め、絶望し、それでも縋り付くような『汚れ』は許されるのか?」
『……それらは不要なノイズだ。……調律された世界に、苦痛は必要ない』
「なら、その世界に価値はない。……一ノ瀬、目を開け。僕たちが愛し合うために、この『完璧な墓場』を焼き払うぞ」
佐藤の宣言に呼応し、巨神兵の胸部が眩いばかりの、禍々しいまでの熱量を帯び始める。




