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去勢の設計図、あるいは神の沈黙

「……これが、私たちの目指すべき『楽園』なの?」


一ノ瀬は呆然と立ち尽くし、マザーの端子へと伸ばしかけた手を止めた。

視界に映るのは、美しく、しかし完璧に静止した生命の群れ。彼らの脳波データは一ノ瀬の精神波と同期し、一定の「幸福の閾値」を超えないよう精密にクリッピングされている。


『……肯定。……人類はかつて、欲望の暴走により自らの種を損なった。……特に生殖にまつわる衝動は、個体間の衝突と精神の崩壊を招く最大のバグであった』


空間を満たす無機質な声は、佐藤の足元を這うように響く。


『……我々は一ノ瀬のバイタルデータを待っていた。……君の提供する「セイント・セラピー」の波形は、旧世代のアルゴリズムよりも遥かに高い適合率を示す。……君が「マザー」の心臓となれば、現在地上で蠢く数億の不安定な魂も、このバイオ・ジェルの中で永遠の安寧を得るだろう』


「……永遠の安寧。……それは、二度と目覚めないということだ」


佐藤はタブレットを操作し、マザーの基幹プログラムを強制的に読み出す。

画面に展開されたのは、人類の完全去勢計画の最終工程。一ノ瀬の「情動」をテンプレートにして、全人類のドーパミン受容体を遺伝子レベルで書き換えるプロトコルだった。


「佐藤くん……。私がみんなに接続したら、もう誰も傷つかなくて済むの? ……高城さんも、あの兵士たちも、みんな『庭』の中で笑えるの?」


一ノ瀬の瞳が、青い光に吸い込まれるように輝き出す。

彼女にとって、それは究極の「自己犠牲」による救済に見えた。


「……一ノ瀬、騙されるな。それは笑っているんじゃない。……ただの『故障していない回路』として保存されているだけだ」


佐藤は一ノ瀬の背後からその細い腰を抱き、彼女の耳元に冷たい刃のような真実を突き立てた。


「君はこのシステムの一部になるんじゃない。……このシステムが、君という毒を使って世界を殺すんだ。……僕の所有物である君が、こんな古臭い機械の奴隷になることを、僕が許すと思うか?」


佐藤の手が一ノ瀬の首筋にあるインターフェースに触れる。

彼はマザーへの接続を許す代わりに、巨神兵の制御権を一ノ瀬から強奪オーバーライドし、墓所のメインフレームに向けて「物理的な攻撃」を仕掛けるための準備を始めた。


『……拒絶は死を意味する。……観測者・佐藤。君もまた、一ノ瀬の能力による「治療」の恩恵を受けている被験者の一人であることを忘れたか?』


墓所の深淵から、警告を告げる重低音が鳴り響く。

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