精神の「庭(ガーデン)」、あるいは神の論理破綻(バグ)
「……がっ、あああぁぁッ!!」
佐藤が叩き込んだ「不純物」は、マザーの高度な論理回路に、原始的でノイズだらけの「佐藤と一ノ瀬だけの記憶」を強制注入した。
一ノ瀬の脳内で、システムが規定する「最適化された多幸感」と、チップが再現する「宿舎の屋上で重なり合った泥臭い体温」が衝突し、巨大な論理エラーを巻き起こす。
気づけば、一ノ瀬の意識は真っ白な精神空間に投げ出されていた。
目の前には、無数の旧人類の意識が混ざり合った、形のない光の巨像――「墓所の主」が立っている。
『……愚かな。……なぜその小さな不純物を選ぶ。……そのチップにあるのは、依存と、執着と、不衛生な情動に過ぎない。……我々と一つになれば、君は永遠に汚れを知らぬ「青き清浄」の女神になれるのだぞ』
光の巨像が手を伸ばす。その光に触れれば、今感じている神経を焼くような苦痛も、佐藤に調教される際の背徳的な恐怖も、すべて消えてなくなる。
「……確かに、ここは綺麗ね。……苦しくないし、悲しくもない。……でも、」
一ノ瀬は、自分の胸元にぼんやりと浮かぶ、あのチップが投影する「庭」の幻影を見つめた。そこには、不格好に咲いた花と、汗の匂いと、自分を支配的な、けれど誰よりも熱い眼差しで見つめる佐藤がいた。
「……佐藤くんのいない天国なんて、私にはただの冷たいゴミ溜めだわ」
一ノ瀬のエゴが、システムによる「救済」を明確に拒絶した。
その瞬間、彼女の精神波は「聖女」のそれから、すべてを焼き尽くす「毒」へと反転した。マザーが彼女を飲み込もうとしていた触手を通じて、逆に一ノ瀬のドロドロとした、執着に満ちた情動がシステムの中枢へと逆流していく。
『……な……何だ、この汚濁は……! 情動が……論理を侵食する……! 処理しきれない……絶頂の……オーバーフローだッ!!』
墓所の主のホログラムが激しく乱れ、ドーム全体に過負荷による火花が散る。
現実世界では、一ノ瀬の瞳に再び「意志」の光が宿り、彼女を拘束していた光の触手が、熱に溶ける飴のように崩れ落ちていった。
「佐藤くん……。……私、やっぱり、神様には向いてないみたい」
一ノ瀬は、血を流しながら自分を支える佐藤の首に、深く、深くしがみついた。




