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熱に浮かされた本音と、境界線の消失

私の部屋に辿り着いた頃には、佐藤くんの意識はもはや限界を超えていた。

土砂降りの雨でびしょ濡れになった彼のシャツを脱がせ、熱を持った体に毛布をかける。


布越しに伝わる彼の体温は、平熱を遥かに超え、私の指先を焼くような錯覚さえ覚えさせた。


「……一ノ瀬……すまない……。……俺、……こんな……情けない姿を……」


彼は掠れた声で途切れ途切れに呟き、申し訳なさそうに視線を彷徨わせた。

外では雷鳴が、獣の咆哮のように激しさを増し、建物を震わせている。


「いいから、今は何も喋らないで。今、冷たいタオルを持ってくるから」


私がその場を離れようとしたその瞬間、熱い掌が私の手首を、驚くほどの力で引き止めた。


「……行かないでくれ。……今、一人になったら……、……俺、……何かに負けてしまいそうだ……」


いつもは必死に「ゼロ」の結界を張っている彼の、剥き出しの、震えるような懇願だった。


暗い部屋の中で、稲光が時折、窓を叩く雨粒と共に彼の顔を青白く照らし出す。

熱のせいか、それとも嵐への恐怖のせいか、彼の瞳は薄く膜を張ったように潤んでいた。


「……お前の匂いが、……この部屋の空気の全部に、……混ざっているんだ……」


彼は私の手を自分の頬に寄せ、縋り付くようにその熱を押し当ててきた。

その無防備で、あまりにも直球な甘え方に、私の中の観察者としての理性が、音を立てて崩壊していく。


私は吸い寄せられるように、彼の横たわるベッドの端に腰を下ろした。


「……私を見なさい、佐藤くん。……朦朧とした頭で、あなたは何を願っているの?」


残酷な問いかけだと自覚しながらも、私は彼の中にある「毒」の正体を暴かずにはいられなかった。

彼は熱い吐息を漏らし、苦しげに喉を鳴らしてから、絞り出すように本音を零した。


「……壊してほしい……。……聖人ぶって、……お前を遠ざけようとする俺を、……お前の手で、……粉々に……」


その言葉は、私にとってどんな愛の告白よりも甘美で、それでいて致命的な一撃だった。

私は逃げ場を失った彼を包み込むように、その熱い額をそっと自分の胸元に引き寄せた。


「いいわ。……今夜だけは、あなたが恐れる『自分の音』を、私が全部飲み込んであげる」


互いの鼓動が重なるほどの距離で、熱に浮かされた吐息が混ざり合っていく。

激しい雨と雷鳴が二人を外界から完全に切り離し、密室は熱を帯びた、濃密な静寂に支配された。


意識が遠のく直前、彼は私の腕の中で、見たこともないほど安らかな、けれどどこか絶望したような微笑を浮かべた。

私は彼の背中に手を回し、その熱を全身で受け止めながら、明日の朝に訪れるであろう「変化」を、恐れと期待の入り混じった心地で待ち構えていた。

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