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福音の盾、あるいは残酷な抱擁

「……全艦、照準固定。目標は巨神兵の頭部ではない……その肩に座る『核』を狙え!」


上空で旋回する高城の指揮艦から、悲痛な命令が下される。彼女たちの前には、数万の信者が波のようにうごめき、巨神兵という神を護る肉の盾となっていた。

高城にはわかっていた。ここで一ノ瀬という「発信源」を絶たなければ、全人類が多幸感の中で自我を消失させる、不可逆的な「青き清浄」が完結してしまう。


「佐藤くん……高城さんたちが泣いているわ。……私を殺さなきゃいけないって、心が張り裂けそうになってる」


一ノ瀬は巨神兵の硬質な肩に頬を寄せ、慈しむように呟いた。彼女の脳内報酬系はすでに外部ネットワークと癒着し、数百メートル先の敵兵が抱く「殺意」や「恐怖」さえも、生のバイブレーションとして直接受容していた。


「……一ノ瀬、彼らの『痛み』を吸い取ってやれ。それが君の望む救済なんだろう?」


佐藤の冷徹な促しに、一ノ瀬が静かに両手を広げた。

その瞬間、高城の艦隊から放たれた無数のミサイルが、着弾直前に空中で静止し、美しい光の粒子へと分解された。巨神兵の背中から放射された超高密度の精神波が、物理法則そのものを上書き(オーバーライド)したのだ。


光の波が地上を駆け抜け、引き金に指をかけていた兵士たちを飲み込んでいく。


「……あ……あああ……っ!」

防護服に身を包んだ兵士たちが、一人、また一人と武器を落とし、その場に膝をつく。彼らの脳内には、一生かかっても得られないほどのドーパミンが直接流し込まれ、戦う理由も、憎しみも、そして「自分」という個の境界さえもが、圧倒的な法悦によって溶かされていった。


「救ってあげたわ……。もう誰も、私を撃たなくていいのよ」


一ノ瀬は微笑む。だが、その微笑みは凍りついたように動かない。

救われた兵士たちは、もはや自力で立ち上がることも、言葉を発することもできない。ただ、空を見上げて一ノ瀬を求め続けるだけの「幸福な肉体」へと変貌していた。


「……一ノ瀬、これが君の作った『庭』だ。……美しく、そして死よりも静かだ」


佐藤は狂気に満ちた眼差しで、沈黙した戦場を見つめた。

高城の指揮艦だけが、システムの保護レイヤーによって辛うじて墜落を免れ、力なく漂っている。そのブリッジで、高城はモニターに映る「幸福という名の地獄」を直視し、絶望に震えていた。

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