浄化の行進、あるいは去勢された平穏
地表を突き破り、巨神兵がその異形な姿を現した。
かつて人類を焼き尽くした伝説の巨人は、今や一ノ瀬の「聖女の熱」を全身の回路に巡らせ、淡い桃色の燐光を撒き散らしながら歩行を開始する。
その巨躯が踏みしめるたび、周囲の空間には「青き清浄」が広がっていく。それは物理的な緑の再生ではなく、世界OSの干渉による精神的な絶対零度。一ノ瀬の情動がデジタル信号として街全体に放射され、人々の脳から「葛藤」「苦痛」「性的欲求」といった野生の火を、慈悲深く消し去っていくのだ。
「……見て、佐藤くん。あんなに苦しんでいた人たちが、みんな笑っているわ。……もう、誰も自分を傷つけなくていいの。……これが、私の望んだ『庭』の姿……」
巨神兵の肩に座る一ノ瀬の瞳は、もはや焦点を結んでいない。
彼女の脳は巨神兵の演算ユニットと完全に同期し、数百万人の「快楽指数」を一括管理する中央処理装置と化していた。彼女の指先が微かに動くたび、遠く離れた都市の男性たちのEDが「消去」され、代わりに一ノ瀬なしでは自我を保てないほどの強烈な多幸感が刷り込まれていく。
「……ああ、美しいな、一ノ瀬。……だがこれは、人間が人間であることをやめた、巨大な去勢手術の風景だ」
佐藤は彼女の隣で、自らのタブレットを確認した。
画面には、巨神兵が発する信号によって廃人化していく民衆のバイタルデータが非情に並んでいる。佐藤はこの「毒」を止めない。むしろ、この圧倒的な多幸感によって世界OS「マザー」の既存プログラムを物理的に焼き切るためのオーバーロードを加速させていた。
「高城……君の負けだ。君が守ろうとした『現実』は、一ノ瀬の愛という名の猛毒に飲み込まれた」
地上では、高城が部隊の残骸の中で膝をついていた。
彼女の愛銃も、パワードスーツも、巨神兵が放つ「浄化の光」に触れて無力な鉄屑へと変わっている。彼女が見上げる空には、美しくも禍々しい虹がかかっていた。それは人類が自立を放棄し、一ノ瀬という「器」に魂を預けた証拠だった。
「……行きましょう、佐藤くん。……『墓所』が呼んでいるわ。……本当の、終わりの場所へ」
巨神兵は「中央墓所」が眠る北の果てを目指し、静かに、そして残酷なほど穏やかに進撃を続ける。




