女神の瓦解、あるいは共振する廃墟
「……あ……あぁ……っ! 佐藤くん……助けて、脳が……溶ける……!」
一ノ瀬は瓦礫の上に崩れ落ち、頭を抱えて悶絶した。
彼女の「聖女の熱(精神波)」が、廃墟に潜んでいた生存者たちの絶望的な飢餓感と共振し、制御不能なフィードバック・ループを引き起こしていたのだ。彼女が一人を「救う」たびに、その死に際の法悦がネットワークを通じて増幅され、一ノ瀬自身の神経系に逆流してくる。
「一ノ瀬、意識を手放すな! それは君の感情じゃない、旧世界の亡霊たちの残響だ!」
佐藤は彼女を強く抱きしめるが、その体温はすでに異常な高熱に達していた。
その時、廃墟の空を切り裂いて、複数のサーチライトが二人を捉えた。
高城率いる「現実派」の追跡部隊だ。彼女たちは、グリッチによって不安定になった現実空間を無理やり突破し、重武装のパワードスーツを駆って降下してきた。
「そこまでよ、佐藤。一ノ瀬さんの精神波はもはや公害だわ。彼女が共鳴を続ければ、この廃墟の旧式サーバーがオーバーヒートし、地下の動力源が爆発する」
高城は、ノイズで歪む拡声器を通じて冷徹に告げた。
「彼女を殺すのは慈悲よ。システムに弄ばれ、亡霊たちの絶頂を背負わされて死ぬより、私に撃たせなさい」
「……慈悲だと? 笑わせるな、高城」
佐藤は一ノ瀬の熱に焼かれながら、自らの指を彼女の口元に寄せた。
「彼女は苦しんでいるんじゃない。世界中の『生きたい』という汚れた祈りを、たった一人で受け止めているんだ。……君たちが去勢し、切り捨てたはずの、人間の野生をな!」
佐藤が自らのバイタルを一ノ瀬のインターフェースに強制同期させた瞬間、一ノ瀬の叫びが物理的な衝撃波へと変わった。
サーチライトが割れ、高城の部隊の電子機器が一斉にショートする。
「……ぁ……ぁあああああ!!」
一ノ瀬の背後に、青白い情報の翼のような光が広がる。
その光に触れた高城の部隊員たちは、スーツの中で強制的な多幸感に襲われ、引き金を引く指の力を失っていく。
「……これが、君たちが恐れた『瘴気』の正体だ。……高城、現実を見ろ。君の部下たちは今、死の恐怖よりも一ノ瀬の愛を選んでいるぞ」
激震が廃墟を走る。
一ノ瀬の覚醒に呼応するように、足元の地下深くで、数千年の眠りについていた「あるもの」が、胎動を開始した。




