聖女への凶弾、あるいは死の荒野への門
「……殺しなさい。それが、この星に残された唯一の良心よ」
高城の声は震えていたが、その瞳には冷徹なまでの義務感が宿っていた。彼女の背後に控える実働部隊は、システムの過負荷による脳震盪から立ち直り、再びタクティカルライトを一ノ瀬と佐藤に向けた。
世界OS「マザー」が発する強烈な拒絶反応により、塔の内部は歪み続けている。だが、一ノ瀬の存在そのものが「全人類への致死的な快楽信号」の送信源である以上、管理側にとって彼女の抹殺はもはや議論の余地のない決定事項だった。
「佐藤くん……危ない……っ!」
一ノ瀬が叫んだ瞬間、高城の部隊が一斉に火を吹いた。
非致死性の麻酔弾ではない。システムの「バグ」を物理的に消去するための実弾だ。
しかし、弾丸が一ノ瀬の肌に届く直前、空間そのものが波打った。一ノ瀬が無意識に放出した「聖女の熱(精神波)」が、OSの物理演算に干渉し、弾道をわずかに逸らしたのだ。火花が散り、背後のコンソールが爆発する。
「高城、君はまだ分からないのか。彼女を殺せば、彼女に依存している数億人の精神が、支えを失って崩壊するんだぞ!」
佐藤は混乱に乗じて一ノ瀬を抱え、崩落しかけた塔の奥、かつて人類が放棄した「激戦地」へと続く貨物用エレベーターへ飛び込んだ。
「……追いなさい! 地上で仕留められなければ、墓所への道を開かせてしまうわ!」
高城の怒号が遠ざかる。
重い振動と共にエレベーターが下降し、二人は光の見えない地下へと沈んでいく。
一ノ瀬は佐藤の腕の中で、激しく呼吸を乱しながら、自らの指に食い込むリングを握りしめていた。
「佐藤くん……私、もう元には戻れないのね。……人を救うたびに、私は彼らから『人間』であることを奪っている……。高城さんの言う通り、私は死ぬべき毒なのかもしれない……」
「……毒でいい、一ノ瀬。汚れたままで生きるんだ。……僕がその汚れをすべて引き受けてやる。……さあ、目を開けろ。ここからは、家畜たちが一度も見たことのない、真実の廃墟だ」
エレベーターの扉が開いた先には、旧世代が自らを去勢する直前まで争い続けていた、鋼鉄とコンクリートの死骸が広がる「旧世界の廃墟」が、冷たい風と共に待ち受けていた。




