旧世界の拒絶、あるいはマザーの防衛本能
「……高城。君の『現実』は、この冷たいプログラムに飼われていただけなんだよ」
佐藤が放った言葉と同時に、塔のメインフレームが異様な咆哮を上げた。高城が引き金を引こうとした瞬間、一ノ瀬の情動と「旧世代の設計図」が完全に混ざり合い、世界OSの防衛システム「マザー」が物理的な拒絶反応を引き起こしたのだ。
ラボの空間そのものが、グリッチ(バグ)を起こしたように歪み始める。壁の質感はデジタルノイズのように崩れ、現実と仮想の境界が曖昧になっていく。
「……っ、何が起きてるの!? 計測不能なエネルギーが逆流して……」
高城の銃が熱を持ち、床に転がった。部隊の隊員たちも、突如として脳内に流し込まれた「マザー」の防衛信号――強烈な不快感と肉体的な拒絶反応――に悶え、武器を捨ててその場に倒れ込む。
それは一ノ瀬の「福音」とは真逆の、人類を強制的に排除しようとする旧世界の意志だった。
「……一ノ瀬! システムの深層へアクセスし続けろ。君が『器』となって、この防衛反応を中和するんだ!」
「……佐藤くん……怖い……。何かが私の中に……私を消そうとする大きな手が……!」
一ノ瀬の肌に、回路のような幾何学模様の発光が浮かび上がる。彼女はシステムの攻撃を一身に受け止めながら、その痛みを佐藤への「忠誠」というフィルターで快楽へと変換し、マザーの鉄の論理を内側から溶かしていく。
その時、塔の地下深層から、重厚な駆動音が響いた。
システムの物理破壊ユニット――かつて「巨神兵」と呼ばれた機能の、初期起動シークエンスが走り始めたのだ。現実とシステムが完全に癒着し、物理法則さえもが「マザー」の絶望に同期していく。
「……ハハ……。これでいい。高城、君が守りたかった世界は、今、自らを焼き払おうとしている」
佐藤は狂気的な笑みを浮かべ、震える一ノ瀬の体を背後から抱きしめた。
「リセットが始まる。……でも、そのボタンを押すのは、マザーじゃない。僕たちだ」
塔を揺らす巨大な震動。モニターには、中枢である「中央墓所」への最終アクセスパスが、血のように赤い文字で浮かび上がった。




