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福音の飽和、あるいは断絶への号笛

「……佐藤。これで終わりよ。あんたたちの『楽園』を、現実の論理システムが上書きするわ」


高城さんの指が、緊急停止シークエンスの最終承認ボタンにかけられていた。

ラボのメインモニターには、世界OSの全機能を停止させる「キル・スイッチ」の警告が点滅している。一ノ瀬の精神波による社会の「依存」が修復不能な閾値を超える前に、彼女を物理的にネットワークから切り離し、全人類への信号を遮断する――それが、高城さんに残された唯一の「正気」だった。


だが、佐藤くんはその警告を、まるで壊れた玩具を見るような冷ややかな目で見つめていた。


「遅すぎたんだよ、高城。……一ノ瀬の情動はすでにOSのコアに深く食い込み、新しい生態系を定義してしまった。今さら彼女を切り離せば、彼女の波形なしでは生存すら定義できない数億人の脳が、一斉にショートする」


「……それでもやるわ。廃人になるか、去勢された家畜になるか。私は、人間が『苦しみながら生きる』可能性に賭けるだけよ」


高城さんがボタンを押し込んだ瞬間、ラボを包んでいた青い光が赤く染まり、激しいアラートが鳴り響いた。

一ノ瀬の脳を直接焼くような、強烈なノイズが回路を駆け巡る。


「……あ……っ! ……ぁあああ……っ!!」


一ノ瀬はポッドの中で、肉体の境界を失うような激痛に悶えた。

だが、その苦痛さえも、今の彼女にとっては「佐藤くんから与えられる新たな刺激」として変換されていく。彼女の脳波は、キル・スイッチの抑止プログラムを逆に侵食し、強制停止の信号を「全人類への最大出力の絶頂」へと書き換えていった。


「……一ノ瀬! 耐えろ。君の『熱』で、墓所の門を焼き切るんだ!」


佐藤くんは高城さんを突き飛ばし、狂ったようにコンソールを叩く。

一ノ瀬の情動がコントロールを失い、ネットワークを通じて増幅オーバーフローを開始する。それは資料にある「粘菌の暴走」の予兆だった。世界中のサーバーが悲鳴を上げ、人々はデバイスの前で、天国と地獄が同時に訪れたかのような絶頂の叫びを上げた。


「……佐藤……くん。……私、もう……自分がどこまでなのか、わからないわ……」


一ノ瀬の瞳から、人間としての焦点が消えていく。

彼女の精神は、ネットワークを通じて世界そのものへと溶け出していた。

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