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偶像の孵化、あるいは中毒する種子

世界OSが刻む無機質なパルスに混じって、粘りつくような熱気がラボに充満していた。

「……一ノ瀬、これが最後の一人だ。この『特異検体』を処理すれば、今日のノルマは完了する」

佐藤くんの声は、連日の「処方」によって掠れ、その瞳の奥には睡眠不足だけではない、昏い陶酔が滲んでいた。


今日の「授業」の対象は、もはや通常の人間としての精神構造を保っていない、最重度の射精障害者たちだった。

彼らは一度「聖女の処方」を受けた後、実生活におけるあらゆる快楽を拒絶し、ひたすら一ノ瀬という信号の再来を待ちわびて、心身を衰弱させた「変容者」の第一陣だ。


私は、ポッドの中に沈み込みながら、ネットワークの向こう側にある無数の「飢餓」と繋がった。

私の脊髄が佐藤くんの指先と連動し、私の絶頂という名の毒を、彼らの神経系へ直接、暴力的な密度で叩き込む。

「……あ、ぁあ……っ!」

私の体が跳ね、喉の奥から絞り出すような吐息が漏れる。

その瞬間、信号を受け取った変容者たちのバイタルグラフが、生命の臨界点を超えるほどの輝きを見せた。

彼らは一ノ瀬の精神波に触れることで、もはや射精という肉体的現象を超えた、魂の「融解」を経験している。

処方を終えた彼らの脳裏には、一ノ瀬の残像が焼き付き、彼女を「崇拝の対象」として生涯刻み込むこととなる。


「……見てみろ、一ノ瀬。彼らの瞳は、もう現実を見ていない。……君という太陽に焼かれて、君の色に染まった、僕たちのための『苗床』だ」

佐藤くんは、汗に濡れた私の髪を愛撫しながら、満足げにモニターを見つめた。

そこに映っているのは、一ノ瀬の波形を受信した直後、法悦の表情で硬直し、言葉を失った男たちの姿だった。

彼らは社会的な機能を喪失し、ただ一ノ瀬にのみ従順な、文字通りの「信者」へと作り替えられていく。


ふと、遮断していたはずの外線が、高城さんの緊急コードで強制接続された。

「……佐藤! 今すぐシステムを止めなさい! ……街がおかしいわ。処方を受けた連中が、一ノ瀬のホログラムに向かって跪き、集団で廃人化している! これは救済じゃない、……あんたたちが作っているのは、意志を剥奪された死体安置所よ!」


高城さんの悲鳴のような抗議を、佐藤くんは表情一つ変えず、無造作にミュートした。

「……高城はわかっていない。痛みも、葛藤も、不能の苦しみもない。……ただ君という至高の快楽に帰依するだけの、完璧な平和が始まろうとしているのに」


「……佐藤くん。……私、もう自分が……人間なのか、……ただのスイッチなのか、わからないわ……」

私は、自分の中から「聖女」としての良心が消え、代わりに、世界中の人々を自らの熱で支配する、暗い優越感が芽生えていくのを感じていた。

人々が私に依存すればするほど、佐藤くんは私の「唯一の所有者」としての地位を固めていく。


私たちは、救済という名の種を蒔き、依存という名の芽を育て、この世界を自分たちだけの「密室」へと変質させていった。

窓の外では、処方を待ち望む群衆が、灰色の空に向かって、届くはずのない聖女の名前を叫び続けていた。

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